柔道整復師の転職市場は供給過多・施術所過多が同時進行しており、採用側の整骨院にとって「候補者は多いが即戦力は少ない」という二重構造を理解した上で採用判断を下すことが定着率を左右する。
主要データ
- 就業柔道整復師数:約7万4,000人(厚生労働省 衛生行政報告例(令和4年度))
- 施術所(接骨院・整骨院)数:約5万件(厚生労働省 衛生行政報告例(令和4年度))
- 柔整師国試合格者数(直近年度):約4,000人前後(厚生労働省 国家試験合格発表資料(2025年))
- 整骨院・接骨院の市場規模:約4,000億円規模(矢野経済研究所 整骨院・接骨院市場に関する調査)
なぜ柔道整復師の転職サイクルは「多い」ではなく「早い」のか?
見落としやすい点がある。転職者数の絶対数が突出しているというより、入職から2年半〜3年で最初の転職が発生するケースが目立っており、この回転の速さが採用計画と教育設計の両方に影響するため、整骨院の採用を難しくしているのである。
就業柔道整復師数は約7万4,000人(厚生労働省 衛生行政報告例(令和4年度))に達する一方で、施術所数は約5万件前後で推移しているため、単純計算では1院あたり1.4〜1.5人しかいない計算になるが、実際には院長1人で回している小規模院が少なくなく、2〜5人規模の院では欠員補充や体制強化の余地が常に生まれやすい。
背景は複数ある。柔整師国試合格後に就職する院の多くは研修機能を持つ大型チェーン院であり、そこで2〜3年かけて基本動作や院内オペレーションを身につけた後、地元へ戻る動きや小規模院へ移る動きが起きやすい。加えて、療養費の適正化・受領委任の締め付けにより一部の多店舗展開チェーンの収益モデルが変化し、人材の流動が強まった。さらに、院内の評価制度や賃金テーブルが整っていない院では、3〜4年目に差しかかった柔整師が将来像を描きにくくなり、次の職場を探し始めやすい。
採用側が見るべきなのは肩書きだけではない。院長にとって重要なのは、転職者がいまどのキャリア段階にいて、何から離れようとしているのか、そして次の職場に何を求めているのかを読み解くことであり、この確認を省くと履歴書上の見栄えが良くても定着につながらない。そこが要点だ。
転職市場に出てくる柔道整復師の4つのプロフィール
一括りにはできない。転職柔整師を同じ基準で見てしまうと、採用後に「想定していた人材像と違った」というずれが起こりやすく、実務では転職者ごとの背景をいくつかの型で捉えた方が面接の精度を上げやすい。
プロフィール | 経験年数の目安 | 主な転職理由 | 採用時の注意点 |
|---|---|---|---|
チェーン院からの独立志向型 | 3〜5年 | 自院開業・小規模院への移行 | 数年以内に独立する可能性が高い。開業サポートを提示すると逆に定着する場合もある |
院内環境リセット型 | 1〜3年 | 院長・先輩との関係・残業・休日 | 環境要因なら自院で解消できるか確認。同じ問題を繰り返す可能性もあるため面接で掘り下げる |
収入アップ志向型 | 2〜6年 | 賃金水準・歩合制への不満 | 賃金テーブルの提示が有効。ただし収入のみで動く層は次の転職も早い |
専門特化・スキルアップ型 | 4年以上 | 自費・スポーツ・交通事故など特定分野への移行 | 院のコンセプトと合致すれば最も定着しやすい。採用後の役割設計が鍵 |
相性が分かれ目になる。「専門特化・スキルアップ型」は採用コストに対して見合いやすい傾向があり、転職動機と院のコンセプトが重なると、多少の待遇差だけでは動きにくくなるためだが、一方で「院内環境リセット型」は環境面の不満が主因である以上、自院でその不満を解消できるかを丁寧に確認しなければ、入職後に同じ摩擦を繰り返す余地が残る。
面接で差がつく。たとえば独立志向が強い人材でも、将来の役割や学べる範囲が明確なら数年単位で力を発揮することがある一方、収入アップ志向型は条件提示が曖昧だと比較検討の段階で離脱しやすく、逆に条件が整っていても次の選択肢へ移る判断が早い場合がある。単純な優劣ではない。

採用側の整骨院が持つべき判断軸は何か?
感覚だけでは決めにくい。転職柔整師の採用可否は、いくつかの判断軸に分けて考えた方がぶれにくく、院長の好みや第一印象だけで決めるよりも、自院の経営モデルと照らして条件を設計した方が採用後のミスマッチを抑えやすい。
判断軸1:保険比率と業務設計の適合性
まずはここだ。保険中心の院では、接骨院レセプト業務や受領委任の理解が即戦力の前提になりやすいが、自費施術中心またはハイブリッド型の院では、大型チェーン院で保険中心の流れに慣れてきた経験がそのまま強みになるとは限らず、むしろ仕事の進め方の癖が壁になることもあるため、自院の保険:自費比率を先に確認し、必要な業務スキルを逆算しておく必要がある。
判断軸2:院の規模と教育コストの許容度
教育余力は軽視できない。1人施術の小規模院が転職柔整師を採用する場合、OJTに割ける時間はどうしても限られるため、経験3年以上でレセプトや患者対応をある程度自走できる人材でなければ、院長の施術時間が削られて売上面の負担が先に出やすい。一方、2〜3名規模の院であれば先輩施術者が教育を担える場面もあり、経験1〜2年の転職者を受け入れる余地が広がる。
判断軸3:定着を阻む賃金テーブルの空白
曖昧さは残る。賃金テーブルがない院へ転職した人材は、「どこまで上がるのか」「何を満たせば次に進めるのか」が見えにくくなりやすく、初任給に納得して入職しても、3〜4年目に差しかかった段階で次のステップが想像できないと再び転職を考えやすいため、採用前の時点で「入職3年後の賃金モデル」を示せる状態にしておく意味は大きい。
判断軸4:交通事故・自賠責対応の経験値
経験の差は大きい。交通事故対応を強化している院では、自賠責書類、後遺障害診断書の補助、弁護士や損保担当者との連絡業務に慣れている柔整師の価値が高く、この領域は養成校で十分に身につくものではなく現場経験に依存しやすいため、前職でどの程度の件数に関わり、どこまでの役割を担っていたのかを面接で具体的に確認したい。
判断軸5:採用チャネルと転職者へのリーチ効率
入口の設計も重要だ。柔整師専門の求人媒体(業界特化型の転職サイト)は掲載料がかかるものの、一般求人媒体より転職意向の高い柔整師へ届きやすい一方で、養成校の就職担当や地域の柔整師師会のネットワークを通じた紹介は、採用コスト(1人あたりの集客コスト)を抑えやすい傾向があるため、採用予算と採用の急ぎ度を見ながら使い分けるのが現実的である。
院の規模・状況別に見た転職柔整師採用の推奨パターン
同じ採用でも中身は変わる。転職柔整師を採るという行為自体は同じでも、院の規模、保険と自費の構成、分院展開の有無、交通事故対応の比重が異なれば、優先すべき人物像も変わるため、採用基準を一つに固定してしまうと現場とのずれが広がりやすい。
院の状況 | 推奨する転職者プロフィール | 採用時の優先条件 | 避けるべきパターン |
|---|---|---|---|
院長1人・小規模院(保険中心) | 経験3〜5年・レセプト自走可能・即戦力型 | 受領委任の理解・残業許容・地域定着意向 | 経験1年未満・OJT前提の転職者 |
2〜3名規模・自費ハイブリッド | 経験2〜4年・自費施術経験あり・スキルアップ志向 | 自費メニューへの適応力・患者教育の姿勢 | 保険漬け経験のみで自費経験ゼロの転職者 |
分院展開中(3院以上) | 経験3年以上・管理職候補・リーダー経験あり | スタッフ管理・OJT経験・マルチロール対応 | 院長依存型・単独プレイヤーのみの経歴 |
交通事故対応強化院 | 自賠責実務経験あり・書類対応慣れ | 損保・弁護士連携経験・丁寧な文書作成力 | 自賠責書類を見たことがない転職者 |
経験年数だけでは判断しきれない。一般論では「経験年数が長いほど即戦力」と見なされがちだが、整骨院経営の現場では前職の院がどのようなビジネスモデルで回っていたかの方が影響しやすく、大型チェーン院で保険の短時間施術に特化していた柔整師を、自費中心で1時間施術を行う小規模院に迎えても、患者との関係構築や説明の進め方が合わず、短期離職に至ることがある。
だからこそ照合が必要になる。履歴書に書かれた年数を見るだけでなく、「どの患者層を担当していたか」「1日の施術の流れはどうだったか」「売上や役割の評価は何で決まっていたか」まで聞けると、自院で再現できる働き方かどうかが見えやすい。ここを省かないことだ。
なぜ転職柔整師の定着率は入職前の設計で決まるのか?
入職前が勝負になる。入職後の育成も大切だが、それ以前に何を期待し、どこまで任せ、どの条件で評価するのかが曖昧なまま採用すると、転職者は働き始めた直後から「聞いていた話と違う」と感じやすく、早期離職の火種が残る。
具体的には、以下の3点を入職前に確定させておく必要があり、どれか一つでも曖昧なまま採用を進めると、入職後に期待値のずれが表面化しやすくなるため、面接段階での説明と書面での共有をセットで行うことが望ましい。
- 試用期間中の評価基準と正式採用の条件の明文化:「試用期間は3ヶ月」とだけ伝えている院が多いが、何ができれば正式採用かを明示しない院では、転職者が不安から「次の院を探しながら働く」状態になる
- 担当患者・施術エリアの役割分担の事前共有:入職後に「何をやるか曖昧」な状態は、特に前職で明確な役割を持っていた転職者に強いストレスを与える
- 3年後のキャリアパスの提示:「院長候補」「自費スペシャリスト」「分院リーダー」など、自院で描けるキャリアを採用時に言語化して伝えること。提示できない院は定着率が構造的に低い
雰囲気だけでは足りない。面接で「うちは家族みたいな雰囲気です」と伝えるだけで、勤務条件や役割の詳細をはっきりさせないまま入職してもらう院は少なくないが、そのやり方が通用しやすかった時期は過ぎており、2026年7月時点の転職市場では柔整師側も複数の院を比較しながら意思決定するため、条件の明確さそのものが採用競争力になっている。

賃金テーブルと評価制度は転職者の定着にどう影響するか?
見える仕組みが強い。転職柔整師の離職再発を抑えるうえで有効なのは、単に金額を高く見せることではなく、どのような基準で賃金が決まり、何を満たせば次の段階へ進めるのかが本人に伝わる状態をつくることである。
よく「給与を上げれば定着する」と言われるが、実際には評価の根拠が見えている場合に限って納得感が生まれやすく、院長の裁量だけで決まる賃金体系では、たとえ水準自体を上げても「なぜ自分はこの金額なのか」という疑問が残りやすいため、転職者が再び転職を考え始めるきっかけは、金額そのものより評価の不透明さにあると捉えておく方が実務に近い。
実務上の設計ポイントは以下の通りだ。
- 基本給+技術手当+役職手当の3層構造:経験年数・資格(柔整師国試以外の追加資格)・担当役割で構成し、昇給の条件を書面で提示する
- 自費売上連動の歩合は「院全体の自費比率が一定以上」を条件にする:個人歩合のみを強調した賃金設計は、施術者間の競争を生みチームワークを崩す
- 半年に1回の面談と評価シートの運用:評価シートがなければ「感覚で評価されている」と感じさせてしまう。書式の完成度より、定期的に対話する仕組みを持つことの方が優先度が高い
加えて、OJTの設計も定着率と連動する。転職者に「自分で覚えてください」と任せきりにするのではなく、入職後1〜2ヶ月は先輩施術者または院長が業務確認のチェックインを週に2〜3回行う体制をつくる必要があり、これは単なる育成コストではなく、早期離職を防ぐための先行投資として捉えた方が運用しやすい。
転職柔整師を採用・定着させるチェックリスト
整える順番が大切だ。以下の項目を自院の現状に当てはめて確認し、未整備の部分から着手していく方が現実的であり、最初からすべてを完璧にしようとするより、離職要因に直結しやすい項目を優先して埋めていく方が継続運用しやすい。
- 自院の保険:自費比率を数値で把握しており、求める業務スキルを逆算できているか
- 院の規模(施術者数)に対してOJTに使える院長・先輩の時間を確保できているか
- 採用面接で転職理由を深掘りし、前職の院のビジネスモデルと自院の違いを確認しているか
- 入職前に試用期間の評価基準・正式採用条件を書面で渡せているか
- 3年後のキャリアパスを言語化して採用時に提示できているか
- 賃金テーブルが明文化されており、昇給の条件が転職者に説明できる状態か
- 半年に1回以上の評価面談と書面での評価フィードバックの仕組みがあるか
- 交通事故・自賠責対応を強化している院では、その実務経験を採用条件に含めているか
転職柔整師の採用で次に動くべきこと
着手点ははっきりしている。採用活動を始める前に、まず自院の「入職後3年間のモデル賃金テーブル」を紙に書き出してみることが重要であり、これが曖昧なままでは、求人媒体に掲載しても面接や条件提示の段階で候補者の不安を解消できず、比較検討の途中で離脱されやすい。
その次がある。賃金テーブルの草案ができたら、転職者プロフィールの4分類を使いながら「どのタイプが自院に合うのか」を院長自身の言葉で整理したい。この二つがそろってはじめて、採用媒体の選定や求人原稿の作成に進んだとき、訴求内容と受け入れ体制がかみ合いやすくなる。
転職市場の柔整師は、院の雰囲気だけでなく「3年後に自分がどうなれるか」を見ており、その問いに対して具体的に答えられる院ほど比較検討の場で強さを持ちやすい。補助金や採用媒体の活用を含め、採用制度の詳細は中小企業庁や都道府県の中小企業支援センターでも相談できるため、制度面の確認と院内設計を並行して進めるのが現実的だ。
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この記事は「整骨院の採用戦略|求人・面接・定着の仕組みづくり」の関連記事です。採用・育成に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。



