柔道整復師の給料設計は「相場に合わせれば問題ない」という発想が離職を招く。院の保険・自費比率と評価制度の有無によって、適正な賃金水準は大きく異なる。
主要データ
- 柔道整復師の平均年収:約400万円前後(厚労省 job tag 職業情報、2024年度)
- 就業柔道整復師数:約7万9千人(厚生労働省 衛生行政報告例(令和4年度))
- 全国の施術所数(接骨院・整骨院):約5万施術所(厚生労働省 衛生行政報告例(令和4年度))
- 柔整師国試合格者数(直近):約3,500〜3,800人/年(厚生労働省 国家試験合格発表、2024年)
「相場に合わせた」だけで離職が止まらないのはなぜか?
見誤りやすい点だ。求人票に「月給23万円〜」と書いて採用できたにもかかわらず、2年半も経たずに辞めていくという話は地方の中規模院で珍しくなく、院長に理由を尋ねると「求人サイトの相場を参考にした」「業界平均より低くはない」という答えが返ってくるのだが、本質は水準そのものではなく、給料の「見え方」と「上がり方」が設計されていないことにある。
ありがちなつまずきである。入職時の月給は決めている一方で、その後の昇給ルールが存在しないまま雇用を続けてしまうケースは多く、評価制度がなければスタッフは「自分がどう頑張れば給料が上がるのか」を理解できず、3年目のベテランが新卒とほぼ同じ月給にとどまる状況が生まれやすいため、意欲の低下が退職につながりやすくなる。
しかも、これは単なる不満の問題ではない。採用と育成にかけた時間や費用がまとまって失われやすい構造であり、目先の月給設定だけを見て制度全体を後回しにすると、後になって人件費の見直し、再採用、教育のやり直しまで発生し、経営への負担が一気に重くなる。
結論は明確だ。柔道整復師の給料設計は「賃金テーブルの有無」と「評価制度との連動」の2軸で決まり、水準の高低だけではなく、この2つが整っているかどうかが離職率に大きく影響する。
柔道整復師の給料相場はどのくらいか?
相場の把握は欠かせない。給料の絶対水準を知ることは採用市場での競争力を測る基準になり、厚生労働省が提供するjob tag(職業情報提供サイト)の最新データによれば、柔道整復師の平均年収は約400万円前後で推移しており、月換算では月給25万〜30万円のレンジが中心帯となっているが、この数値には院長・管理者クラスが含まれている場合があるため、スタッフ施術者単体の実態賃金は概ね低めに出る傾向がある点には注意が必要となる。
現場では、以下のような実態が観察される。
雇用形態・立場 | 月給の目安(額面) | 備考 |
|---|---|---|
新卒(柔整師国試合格直後) | 20万〜24万円 | 地方・都市部で2〜3万円差 |
実務経験2〜4年 | 24万〜28万円 | 評価制度がある院で昇給あり |
実務経験5年以上・リーダー | 28万〜35万円 | 管理業務加算・インセンティブ含む |
管理柔道整復師・副院長クラス | 35万〜45万円 | 分院管理・採用関与で上振れ |
パート・アルバイト(時給換算) | 1,300〜1,800円 | 地域最低賃金・資格保有で加算 |
ここで視野を狭めないことが重要であり、教科書的には「地域の最低賃金+資格手当」が基本とされるものの、整骨院経営の実務では求人競合との比較対象が「整骨院同士」だけでなく「パーソナルトレーナー」「訪問マッサージ」「医療補助職」にまで広がっているため、柔整師免許を持つ人材が資格取得後に他業種へ流れる選択肢も持つ以上、採用市場での競争軸は業界内の相場だけでは語り切れない。
賃金テーブルを設計する前に問うべき5つの判断軸
先に整理したい。賃金テーブルの構造を決める前に、自院の状況を5つの軸で見直す必要があり、この設定を省いて他院の賃金体系をそのまま流用すると、見た目には整っていても院の収益構造に合わない給与設計が生まれ、後から修正コストが膨らみやすい。
判断軸1:保険療養費と自費売上の比率
まず売上構成だ。保険中心の院では療養費の変動リスクを固定給に転嫁しにくいため、基本給を抑えて安定性を確保する設計が現実的である一方、自費施術の比率が高い院では施術単価・件数に連動したインセンティブ設計が機能しやすく、自費比率が院全体売上の3割を超えている場合は、インセンティブ型への移行を検討する余地が出てくる。
判断軸2:院の規模(施術者数)
人数の影響は大きい。1〜2名規模の院では個別交渉型の給与が現実的だが、3名以上になると賃金テーブルの明文化が不可欠になり、スタッフ同士が給与を比較し始めるのは、ほぼ例外なく3名を超えたタイミングであるため、小規模運営の感覚のまま制度を曖昧にしておくと不公平感が表面化しやすい。
判断軸3:採用ターゲット(新卒中心か中途中心か)
採用方針も分岐点になる。新卒採用を主軸にする院では、入職時の月給水準より「3年後の年収見通し」が採用競争力に直結しやすいが、中途採用中心の院では前職の給与水準とのギャップをどう埋めるかが鍵となり、前職が医療法人勤務だった場合には退職金制度や社会保険の充実度も比較対象に入るため、同じ賃金表でも受け止められ方は大きく変わる。
判断軸4:評価制度の有無
ここは切り離せない。評価制度がない院で賃金テーブルを設計しても、昇給の根拠が不明確なまま残るため、評価制度の構築が先か賃金テーブルが先かという問いで迷うより、「評価制度と賃金テーブルは同時に設計するもの」と捉えたほうが実務に合っており、片方だけ導入しても十分には機能しにくい。
判断軸5:地域の採用競合の動向
意外に差が出る論点だ。同一商圏内の競合院が求人票に掲載している月給・待遇を定期的に確認している院は少ないが、採用市場では求職者は複数院を比較しており、月給だけでなく「週休2日の取りやすさ」「交通費全額支給」「資格取得支援」といった非金銭的条件が差別化ポイントになっているケースも多いため、条件比較は想像以上に細かい。
院の状況別に見ると、どの賃金設計パターンが適切か?
ここからが設計である。自院の状況を前述の判断軸で整理したら、次は制度パターンの選択に移ることになるが、感覚的に決めてしまうと固定給、等級、役職手当、インセンティブの整合が崩れやすいため、以下の表で自院の状況と照合しながら、何を優先する設計なのかを明確にしたい。
院の状況 | 推奨する賃金設計パターン | 根拠・理由 |
|---|---|---|
小規模院(施術者1〜2名)・保険中心 | 固定給+小額手当型 | 療養費変動リスクを固定給に転嫁せず、手当で柔軟に調整 |
中規模院(3〜5名)・保険中心 | 賃金テーブル+等級制 | スタッフ間の公平性確保が最優先。明文化された昇給基準が離職抑制に直結 |
中規模院・自費比率30%以上 | 固定給+施術件数インセンティブ | 自費単価の高い施術者に正当な報酬還元。ただし保険部分は固定で安定化 |
分院展開中(管理者が必要) | 役職手当+管理インセンティブ型 | 管理柔道整復師への報酬設計が分院定着の鍵。売上連動より責任対価型が安定 |
新卒採用を主軸にする院 | 初年度月給を業界平均以上+明示的な昇給ルール | 柔整師国試合格者は採用時に複数院を比較。初年度水準と将来設計の両方が見られる |
ただし、インセンティブ型には注意がいる。施術件数を増やすことだけを重視すると、不必要な保険施術へ意識が偏る誘惑が生まれる構造的リスクがあり、施術件数のみで評価するのではなく、「患者満足度」「継続来院率」「自費施術の提案件数」などの質的指標と組み合わせなければ、療養費審査でのリスクに発展しうるため、インセンティブ設計は健保組合・社保審査の観点とも整合させる必要がある。
給料設計で院長が陥りやすい落とし穴は何か?
失敗は似た形で起こる。現場で繰り返し見られるパターンを整理すると、「知っていたのにやってしまった」という事後報告が多く、しかもその多くは制度の小さな曖昧さから始まり、やがて大きな不満や管理上の問題へ広がっていく。
落とし穴1:「口頭での昇給約束」が後にトラブルになる
口約束は残りやすい。「頑張ったら上げるから」という口頭の約束は、双方の認識が一致しないまま時間が経過し、退職時に未払い賃金問題へ発展するリスクがあるため、昇給の条件・時期・金額は必ず就業規則または個別労働契約書に明記する必要があり、労働基準法89条は常時10人以上の労働者を使用する場合に就業規則の作成・届出を義務付けているが、10人未満の小規模院でも書面化は実務上欠かしにくい対応となっている。
落とし穴2:試用期間の給与設定が採用後の不満を生む
初期の印象は大きい。試用期間中の月給を本採用後より低く設定する院は珍しくないが、その差額と期間が明示されていないと「聞いていた給与と違う」という不満が入職初月から発生しやすく、信頼関係の立ち上がりを損ねるため、試用期間の長さ(多くは1〜3ヶ月)と給与差額はオファーレター段階で明確に合意しておきたい。
落とし穴3:残業代の未整備が労働基準監督署の調査対象になる
勤怠管理も見落とせない。整骨院では施術後のカルテ記録・清掃・患者対応で実際の労働時間が所定労働時間を超えることが多く、固定残業代(みなし残業)を設定している院はその時間数と金額を給与明細に明示する義務があるうえ、固定残業代の上限として実務上よく用いられる「月45時間分」を超える残業が恒常化している場合には、割増賃金の未払いとして指摘されるリスクが生じる。
落とし穴4:社会保険の未加入が採用競争力を下げている
信頼性に直結する項目だ。法人格の有無にかかわらず、常時5人以上の従業員を使用する施術所は社会保険(健康保険・厚生年金)の加入が義務であり、個人開業の整骨院でも4人以下の施術者がいる場合は任意適用の対象になるため、社会保険未加入は採用市場で明確なマイナス評価となり、求職者は求人票の「各種社会保険完備」の有無をかなり細かく確認している。
落とし穴5:昇給原資の確保を考えずに賃金テーブルを作る
資金計画は後回しにできない。賃金テーブルで「毎年1〜2万円昇給」と定めても、院の売上が横ばいまたは減少傾向にある場合には昇給原資が数年後に枯渇するため、賃金テーブルを設計する際は5年後の人件費総額を試算したうえで、売上目標と連動させた設計にする必要がある。
賃金設計を評価制度と連動させるにはどうすればよいか?
分けて考えないことが重要だ。給料と評価制度が連動していない院では、スタッフは「なぜ自分の給料がこの金額なのか」を説明できない状態に置かれやすく、不満が表面化していなくても納得感の不足が蓄積しやすいため、制度は金額だけでなく説明可能性まで含めて設計する必要がある。
整骨院向けの評価制度設計では、以下の3層構造が機能しやすい。
- スキル評価:施術技術の習熟度(OJTでの評価項目を明文化)、保険対応・受付業務の正確性
- 行動評価:患者への接遇、スタッフ間の協働、遅刻・欠勤の状況
- 成果評価:担当患者の継続来院率、自費施術の提案・転換件数(自費施術がある院のみ)
運用の要点は、この3層を点数化し、等級(グレード)ごとの賃金テーブルと紐づけることにあり、たとえば「グレード3に達した施術者は月給28万円〜30万円レンジ」という形で示せるようになると、スタッフは自分がどこにいて何を満たせば次の水準に進めるのかを理解しやすくなる。
さらに、OJTの評価項目は新卒採用の初年度育成計画と直結させるべきであり、柔整師国試合格後の1年目は保険施術の基礎・受付業務が中心になる一方、2年目以降は自費提案スキル・患者コミュニケーションを評価軸に加える院が増えているため、評価制度は賃金を決める仕組みであるのみならず、育成の順序を見える化する役割も担う。
自院の給料設計を今すぐ点検するチェックリスト
見直しの起点にしたい。以下の項目を自院に当てはめて確認してほしく、チェックが入らない項目が多いほど、離職リスクと採用競争力の低下が潜在している可能性が高いため、感覚で「たぶん大丈夫」と判断するのではなく、制度の空白を具体的に洗い出すことが重要になる。
- 賃金テーブルが明文化され、スタッフ全員が内容を理解しているか
- 昇給の条件・時期・金額が就業規則または個別契約書に記載されているか
- 試用期間の給与水準と期間をオファーレター段階で合意しているか
- 固定残業代を設定している場合、時間数・金額を給与明細に明示しているか
- 社会保険の加入状況が法令要件を満たしているか(従業員数5人以上の場合は必須)
- 評価制度がスキル・行動・成果の3層で設計され、賃金等級と連動しているか
- 5年後の人件費総額を試算し、昇給原資が売上計画に組み込まれているか
- 同一商圏の競合院の求人条件を直近6ヶ月以内に確認しているか
最後に意識したい。ベテランの院長はよくこう言う。「給料に不満がある人は辞める前に言わない。気づいたときにはもう転職先が決まっている」。つまり、給料設計は採用時だけでなく在職中のスタッフとの継続的な対話の中に組み込むべきものであり、年1回の評価面談と半年ごとの給与明細の確認機会を設けるだけでも、不満が可視化される前に対応しやすくなるため、制度は作って終わりではなく、運用の場面で初めて価値を持つ。
この記事は「整骨院の採用戦略|求人・面接・定着の仕組みづくり」の関連記事です。採用・育成に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。



