鍼灸師の平均年収は約367万円だが、働き方・雇用形態・自費比率によって年収レンジは200万〜800万円台まで大きく開く。採用時の給与設定は国家資格保有者の相場感と院の収益構造から逆算する。

主要データ

  • 鍼灸師の平均年収(2023年):約367万円(厚労省 job tag職業情報提供サイト)
  • はり師・きゅう師の就業者数:約12万人(厚労省 衛生行政報告例 2022年度)
  • 施術所の平均月間レセプト件数:約70〜100件(柔整審査会データより推計)
  • 自費施術の客単価目安:3,000〜8,000円(業界平均値)

鍼灸師の年収を決める3つの構造変数

まず押さえたい。鍼灸師の年収は、国家資格保有者であることだけで一律に決まるものではなく、院長が採用時に用意する給与テーブルは、雇用形態・保険と自費の比率・経験年数と技術水準という3つの構造変数が重なり合うことで大きく動く。

第一は雇用形態である。正社員・パート・業務委託では収入の組み立て方もリスクの持ち方も異なり、その差は年収で200万円以上開くことがあるため、同じ「鍼灸師募集」であっても条件の見え方はかなり変わる。

正社員では基本給18万〜25万円に歩合給が加わり、年収300万〜450万円のレンジに収まることが多い。一方、パート雇用では時給1,200〜2,000円が相場となり、週5日フルタイムで働いても年収250万〜350万円程度になる。

さらに業務委託では、売上の40〜60%を報酬として受け取る契約が一般的であり、施術単価と稼働率がそのまま収入の振れ幅につながるため、同じ技術者でも年収差が大きくなりやすい。ここが分かれ目だ。

第二は保険・自費の比率である。保険施術中心の施術所ではレセプト単価が低く抑えられるため給与水準も相対的に低めになりやすいが、自費施術中心の院では客単価が5,000円を超えることも多く、歩合給の設計次第では年収500万円以上が見えてくる。

第三は経験年数と技術水準だ。国家資格取得直後の新卒鍼灸師と、臨床経験10年以上のベテラン鍼灸師では、基本給に月5万〜10万円の差がつく院も珍しくない。

加えて、美容鍼灸・スポーツ鍼灸などの専門領域を持つ鍼灸師には、技術料として月3万〜5万円の上乗せを設ける院もあり、年収差は資格の有無だけでなく、どの市場でどの単価を担当できるかによって生まれている。年収差の正体はそこにある。

雇用形態別の年収レンジと院側のコスト構造

視点を変える必要がある。鍼灸師の年収は雇用形態ごとに給与の内訳も院側の負担も大きく異なるため、採用判断では年収額の見た目だけでなく、社会保険料・労災・雇用保険を含めた総コストまで並べて比較しなければ、後から人件費率が崩れやすい。

雇用形態

年収レンジ

院側の総コスト(法定福利費込)

メリット

デメリット

正社員

300万〜450万円

年収の約115%(社会保険料等を含む)

院の戦力として長期育成が可能

固定費負担が大きい、離職時の影響大

パート

150万〜350万円

年収の約105〜110%

繁忙時間帯のみ配置可能

技術水準のばらつき、シフト調整の手間

業務委託

200万〜800万円

報酬額のみ(法定福利費なし)

院側の固定費リスクがゼロ

労務管理が難しく、院のブランド統制が効きにくい

正社員雇用では、基本給に加えて賞与や退職金積立を設ける院もあるものの、中小規模の整骨院では賞与なしの月給固定も少なくなく、たとえば月給25万円(年収300万円)の鍼灸師を採用するなら、社会保険料の事業主負担分として月約3.5万円、年間で約42万円が追加されるため、採用前に法定福利費込みの総額で採算を確認しておきたい。

パートは運用しやすい。繁忙時間帯に合わせて配置できるからだ。

その反面、勤務時間が限られるため教育の一貫性を保ちにくく、シフト調整の負担も積み上がる。小さな手間が増えやすい。

一方で業務委託の場合、院は報酬額以外のコストを負担しないため固定費を抑えやすいが、それだけで有利と判断するのは早く、契約の実態によっては雇用とみなされる余地があるため注意が要る。

労働基準法の適用外となることで指揮命令権は制限されるうえ、厚生労働省の「労働者性判断基準」では、施術時間・場所の指定や施術手順への細かな指示が強い場合、形式は業務委託でも実質的に雇用関係とみなされるリスクがある。見過ごせない論点だ。

保険・自費比率が給与設計に与える影響

収益構造が土台になる。鍼灸施術は柔道整復と異なり保険適用の範囲が限定的で、医師の同意書があれば一部の疾患(神経痛、リウマチ、頸腕症候群、五十肩、腰痛症、頸椎捻挫後遺症)で療養費の対象になるものの、実務では自費施術を中心に組み立てている院が大半である。

保険施術中心の院では、療養費のレセプト単価が1回あたり1,500〜2,500円程度に抑えられるため、鍼灸師への歩合給も低めになりやすい。収益の伸びしろは限られる。

たとえば売上の20〜25%を歩合給とする場合、月間100件の施術を行っても歩合給は月3万〜6万円程度にとどまるが、自費施術中心の院では客単価が5,000〜8,000円に設定されることが多く、同じ月間100件でも売上は50万〜80万円となるため、歩合率を30〜40%に置けば月の歩合給は15万〜32万円まで広がる。

院長が鍼灸師の給与を設計する際は、自院の保険・自費比率と客単価を先に固め、その後に固定給と歩合給の配分を決める流れが実務的である。順番を誤らないことだ。

自費比率が高い院ほど歩合給の割合を大きく取りやすく、鍼灸師の意欲と院の収益の両方を設計に組み込みやすい。ここが勘所になる。

自費施術の単価設定と歩合給の連動モデル

単価は高ければよいわけではない。自費施術の単価を上げれば歩合給も増えやすいが、価格だけが先行すると継続率が下がるおそれがあるため、実務では初回3,000〜5,000円・2回目以降6,000〜8,000円の2段階料金を設け、回数券やサブスク型の月額プランで客単価を平準化する院が増えている。

歩合給の設計は大きく2つに分かれる。売上ベースか、施術件数ベースかである。

売上ベースの歩合(売上の30〜40%)は、高単価メニューの提案を後押ししやすい一方で、施術件数ベースの歩合(1件あたり500〜1,500円)は回転率を重視する働き方になりやすく、どちらが合うかは院の経営方針と患者層によって変わるため、制度だけを切り出して良し悪しを決めることはできない。

経験年数・資格・専門技術による年収の上振れ幅

差が広がる場面である。鍼灸師の基本給は経験年数に応じて段階的に上がる設計が一般的で、新卒1年目は月給18万〜22万円、3年目で22万〜26万円、5年目以上で25万〜30万円というテーブルを置く院が多いが、その上がり方は院の規模と収益構造に強く左右される。

国家資格の組み合わせも無視できない。はり師・きゅう師の両方を持つ鍼灸師と、柔道整復師と鍼灸師のダブルライセンス保有者では、後者の方が基本給で月2万〜5万円高く設定される傾向がある。

理由は比較的はっきりしている。柔道整復師の資格があることで保険施術の幅が広がり、院側の配置の自由度が増すからだ。

さらに、専門技術を持つ鍼灸師は年収の上振れ幅が大きく、美容鍼灸・スポーツ鍼灸・不妊鍼灸などの専門領域で実績がある場合には、基本給に月3万〜5万円の技術手当を上乗せする院もあるうえ、特に美容鍼灸は自費単価が8,000〜15,000円と高いため、歩合給との組み合わせによって年収600万〜800万円に達するケースもある。

院内昇給制度の設計パターン

制度設計が定着率を左右する。鍼灸師の意欲を保つには昇給基準の見える化が欠かせず、基準が曖昧なままだと優秀な人材ほど他院の条件と比較しやすくなるため、実務では複数の設計パターンを院の規模に合わせて使い分けることになる。

  • 経験年数型:1年ごとに基本給を5,000〜10,000円ずつ昇給。シンプルで運用しやすいが、実力差が反映されにくい
  • 売上連動型:月間売上が一定額を超えたら基本給をステップアップ。例えば月間売上50万円達成で基本給+2万円、80万円達成で+5万円など
  • 評価制度型:技術評価・患者満足度・リピート率などを点数化し、年2回の評価で昇給額を決定。運用コストは高いが、多角的な成長を促せる

小規模院(1〜2名体制)では経験年数型が扱いやすいが、3名以上の鍼灸師を雇用する中規模院では、売上連動型または評価制度型を導入した方が、競争と協力のバランスを取りやすい。ここに設計思想が表れる。

開業鍼灸師の年収構造と固定費の壁

開業後は固定費が重くのしかかる。鍼灸院を開業した場合、年収は売上から固定費・変動費を差し引いた残りで決まり、開業1年目の平均的な売上は月50万〜80万円、年商600万〜960万円程度とされるが、家賃・光熱費・材料費・広告費を差し引くと、院長の手取りは年収300万〜500万円に落ち着くことが多い。

年収を左右する要素は明快だ。固定費の圧縮と自費単価の設定である。

家賃10万円・光熱費2万円・材料費3万円・広告費5万円の固定費が毎月20万円かかる場合、年間では240万円が先に出ていく。ここは動かしにくい。

月間売上が60万円でも、変動費と固定費を差し引けば手取りは月30万円前後、年収360万円程度になる。数字は現実的だ。

開業して年収を大きく伸ばすには、自費単価を6,000円以上に設定し、月間稼働日数を20日以上確保することが前提となるため、1日あたり5人の患者をみて月間100人、売上60万円に到達しても、固定費20万円・変動費(材料費・広告費等)15万円を差し引けば月の利益は25万円、年収300万円にとどまるが、客単価を8,000円に上げて1日6人体制にできれば月間売上96万円となり、利益は月50万円を超える水準まで近づく。

開業後3年間の年収推移パターン

立ち上がりの3年が大きい。開業鍼灸師の年収はこの期間で変動しやすく、初年度は認知不足と集客の不安定さから年収300万円前後にとどまりやすいが、2年目には既存患者のリピートや口コミ紹介が増え、3年目以降は広告費を抑えても新規患者が入りやすくなるため、年収500万〜700万円に届く院も出てくる。

もちろん一律ではない。立地・技術力・マーケティング戦略の差が大きいからだ。

駅近の好立地で美容鍼灸やスポーツ鍼灸に特化した院は、開業2年目で年収700万円を超えることもある一方、住宅街の小規模院で保険施術中心の場合は、3年経っても年収400万円台で伸びが鈍いことがある。ここに経営差が表れる。

採用時の給与オファー額を決める判断軸

採用時の難しさはここにある。給与オファー額は高すぎれば人件費率を押し上げ、低すぎれば応募が集まりにくくなるため、院長は相場感だけでなく、自院がその人材にどこまで投資できるかを数字で見極める必要がある。

第一の判断軸は、自院の売上に対する人件費率だ。整骨院・鍼灸院の適正人件費率は売上の30〜40%とされる。

月間売上が100万円の院なら、鍼灸師1名の給与は月30万〜40万円が上限に見えるが、そこには院長の取り分や他スタッフの給与も含まれるため、実際には鍼灸師1名あたり月20万〜25万円が現実的なラインになることが多い。

第二の判断軸は、採用する鍼灸師のスキルと経験年数である。新卒であれば月給18万〜22万円、臨床経験3年以上であれば22万〜28万円、専門技術を持つベテランであれば28万〜35万円というレンジが目安になるが、同じ経験年数でも担当できるメニューや売上構成によって評価は変わる。

さらに地域差もある。都市部では上記の金額帯が標準になりやすい一方、地方では月給ベースで2万〜5万円低くなることもあるため、求人票の見栄えだけでなく、採算と継続雇用の両立まで含めて判断したい。

第三の判断軸は、雇用形態と歩合給の設計だ。基本給をやや抑えて歩合給の割合を大きくすれば、鍼灸師の成果が収入に反映されやすい仕組みをつくれる。

たとえば基本給18万円+歩合給(売上の30%)とすれば、月間売上40万円を達成した鍼灸師の月給は30万円(基本給18万+歩合給12万)となり、年収360万円に届く計算になる。数字で共有しやすい設計だ。

地域別の給与相場と採用競争の実態

地域差は想像以上に大きい。鍼灸師の給与相場は、東京・大阪・名古屋などの大都市圏では新卒の初任給が月20万〜24万円、経験者で月25万〜30万円が標準である一方、地方都市では新卒で月18万〜22万円、経験者で月22万〜26万円程度まで下がる。

ただし、地方でも一様ではない。美容鍼灸やスポーツ鍼灸に特化した院では、都市部と同水準の給与を提示して人材を確保しようとする動きもある。

生活コストにも目を向けたい。地方は住居費などが低いため、手取りベースでは都市部と大きく変わらない実質年収になることもある。

採用競争が激しくなりやすいのは、新卒よりも臨床経験3〜5年の中堅鍼灸師であり、この層は即戦力として期待できるうえ、給与水準も新卒より月3万〜5万円高い程度で収まることが多いため、複数の院が同時に狙いやすい。だからこそ、給与だけでなく勤務時間・休日数・昇給制度・技術研修の機会まで含めた総合条件で差をつけたい。

年収以外の待遇設計が採用成否を分ける

採用は給与だけで決まらない。鍼灸師が応募先を選ぶ際には、年収額に加えて福利厚生・勤務環境・キャリアパスが強い判断材料になり、とくに若手は金額そのものより、学べるか、無理なく働けるかを重視する傾向がある。

福利厚生で差がつきやすいのは、社会保険の加入・賞与の有無・退職金制度の3点だ。小規模院では社会保険未加入のケースもあるが、厚生年金・健康保険に入っていない院は応募前の段階で候補から外されやすい。

賞与は年1回でもあると求人票の印象が変わり、退職金制度は中小企業退職金共済(中退共)を使えば月数千円の掛金で導入できるため、大きな固定費を増やさずに条件面を整えやすい。小さくても効く施策だ。

勤務環境では、週休2日制・残業時間・有給取得率が見られる。整骨院・鍼灸院は土日営業が一般的である。

完全週休2日制を導入している院は多くないものの、シフト制で週2日休みを確保できる体制を明示するだけでも応募率は変わりやすく、残業時間は月20時間以内に抑えることがひとつの目安になる。

キャリアパスも重要だ。将来像が見えない職場では、定着しにくい。

たとえば「3年後に副院長、5年後に分院長」といったステップを示したり、「独立希望者には開業ノウハウを提供し、開業後も連携する」といった支援制度を設けたりすると、短期就業ではなく長く関わりたい人材に届きやすくなる。

労務管理上のリスクと年収設定の関係

労務面は後回しにできない。鍼灸師の年収を設定する際には、労働基準法・最低賃金法・労働契約法などのルールを前提に組み立てる必要があり、とくに歩合給中心の給与体系では、売上が低い月に実質的な最低賃金割れが起こりやすい。

歩合給であっても最低賃金を下回ってはならない。これは基本である。

たとえば、基本給15万円+歩合給(売上の30%)という契約で、ある月の売上がゼロだった場合、支給額は15万円となるが、その月の総労働時間に対して最低賃金を上回っているかの確認が必要であり、東京都の最低賃金が時給1,200円(2026年5月時点)、月間労働時間が160時間なら最低賃金ベースは月19.2万円となるため、基本給15万円では適法性に問題が生じる。

業務委託契約でも安心はできない。形式より実態で判断されるからだ。

施術時間・場所の指定、施術手順への細かな指示、他業務の兼業禁止などがあると労働者性が認められる可能性が高まり、労働者と判断された場合には未払い残業代や社会保険料の遡及適用といった負担が発生しうる。契約書だけでは足りない。

試用期間中の給与設定と法的注意点

試用期間も例外ではない。試用期間中の給与を本採用後より低く設定する院はあるが、その期間でも最低賃金は適用されるうえ、試用期間を理由に一方的に低い給与を置くと、労働契約法上の不利益変更とみなされる可能性がある。

試用期間の長さは一般的に3ヶ月が標準で、6ヶ月まで延長する院もある。ただし長すぎる設定は避けたい。

試用期間が長すぎると公序良俗違反とみなされるおそれがあるため最長でも6ヶ月以内にとどめるべきであり、また試用期間中の解雇は本採用後より認められやすい面があるとはいえ、それでも客観的な理由と合理性が求められるため、「技術が未熟」というだけでは無効と判断されるケースもある。

採用後の年収管理と離職率の関係

採用して終わりではない。鍼灸師の年収をどう管理するかは離職率に直結し、整骨院・鍼灸院の離職率は業界全体で年20〜30%程度とされ、とくに新卒1年目の離職が目立つ。

離職理由として多いのは、給与への不満・労働時間の長さ・人間関係である。なかでも給与面の不満は蓄積しやすい。

「昇給の見通しが立たない」「歩合給の計算が不透明」といった声は起こりやすく、制度設計の曖昧さがそのまま離職意向につながることがある。ここは放置しにくい。

昇給制度を明確にすることには意味がある。年1回の定期昇給(5,000〜10,000円)を設定し、昇給の時期と金額の考え方を採用時から示しておくだけでも、定着率には差が出やすい。

加えて重要なのが透明性だ。歩合給の計算根拠を毎月明示し、売上・施術件数・歩合率を見える形で共有すると、鍼灸師の納得感は高まりやすい。

離職率が高い院では、給与体系が不透明で、最終的に院長の裁量だけで給与が決まっていることが少なくない。一方、給与テーブルが明確で評価基準が数値化されている院では、少なくとも不公平感は抑えやすい。見える仕組みが支えになる。

鍼灸師にとって、自分の頑張りがどのように給与へ反映されるかが見えていることは、長く働く動機になる。これは軽視できない。

年収交渉で院長が押さえるべき現実的な落としどころ

年収交渉は感情だけでは決めにくい。鍼灸師から年収アップの要望が出たとき、院長が見るべきなのは、本人の生産性と院の支払い能力のバランスであり、どちらか一方だけを基準にすると制度全体が歪みやすい。

鍼灸師の生産性は、月間売上÷給与総額でみる。たとえば、月給25万円の鍼灸師が月間売上80万円を上げていれば、生産性は3.2倍となる。

一般的には、生産性が3倍を超えていれば昇給余地を検討しやすい一方で、2倍未満であれば昇給より先に売上向上の施策、たとえば技術研修や集客支援を優先した方が、院全体の収支には整合しやすい。

交渉では、昇給額の上限と条件を明確にしたい。「月給を3万円上げてほしい」という要望に対して、その場で即答しないことも大切である。

たとえば「売上が月100万円を超えたら月2万円アップ、120万円を超えたら月3万円アップ」といった条件付きの提案にすれば、鍼灸師の意欲を保ちながら、院側も固定費の増加を管理しやすくなる。落としどころをつくる発想だ。

また、交渉が決裂して退職に至れば、採用コスト(求人広告費・面接時間・研修費用)が再び発生する。ここも見落とせない。

一般的に、鍼灸師1名の採用コストは30万〜50万円程度かかるため、年収を月1万〜2万円上げて引き留める方が合理的なケースもあるが、生産性が低いまま高給で残してしまうと、他スタッフとの給与バランスが崩れ、組織全体の士気に影響するおそれもある。

自院に合った年収設定を逆算する手順

設計は逆算で考えるとぶれにくい。鍼灸師の年収設定は、感覚で決めるよりも、院の売上構造・人件費率・期待売上の3点を起点にした方が現実的であり、採用後に「思ったより払えない」という事態も避けやすい。

まず、自院の月間売上と人件費率を確認する。月間売上100万円、人件費率35%なら、人件費総額は35万円となる。

ただし、その35万円には院長の取り分や他スタッフの給与も入るため、鍼灸師1名に充てられる給与は15万〜20万円が上限になりやすい。ここが最初の制約だ。

次に、鍼灸師に期待する売上貢献度を設定する。鍼灸師が院売上の50%を担う想定なら、月間売上50万円が期待値となる。

この50万円に対して歩合率30%を置けば歩合給は15万円となり、基本給を10万円とすれば月給25万円、年収300万円となるため、給与設計と売上期待を同じ計算式でつなげて考えやすい。数字の整合が取りやすい方法だ。

最後に、地域相場との比較で調整する。計算上は年収300万円で成立しても、地域の相場が年収350万円なら応募が集まりにくくなる可能性がある。

その場合は、基本給を12万円に引き上げるか、歩合率を35%にするかといった調整が必要であり、この逆算手順を使えば、自院の財務状況と地域相場の両方を踏まえた年収設定に近づけやすい。給与設定は一度決めて終わりではなく、半年〜1年ごとに売上と人件費率を見直しながら更新したい。

採用判断の最終チェックリスト

最後は実務確認である。鍼灸師の採用を決める前に、以下のチェック項目を順に確認したい。この8項目すべてにイエスと答えられる状態が、採用判断の最低条件になる。

  • 自院の月間売上に対して、提示する給与が人件費率40%以内に収まるか
  • 提示する給与が、地域の最低賃金と相場の両方を上回っているか
  • 歩合給を設定する場合、最低賃金を下回らない基本給が設定されているか
  • 昇給制度・評価基準が明文化されており、採用時に説明できる状態か
  • 社会保険・労働保険の加入手続きが完了しているか(または加入予定が明確か)
  • 試用期間の長さ・条件が労働契約法の範囲内か
  • 業務委託契約の場合、労働者性が認められるリスクを検討したか
  • 採用後の研修計画・OJT担当者が決まっているか

このチェックリストは、採用後のトラブルを防ぐための実務ツールであり、特に給与と労務のリスクは採用後に表面化すると是正コストが大きくなりやすいため、採用前に論点を洗い出し、必要な手続きを済ませたうえで内定を出す流れが望ましい。確認を先に済ませることだ。

関連記事: 柔道整復師国家試験の合格率・日程・受験資格|採用計画に必要な基礎知識

関連記事: 整骨院の確定申告完全ガイド|療養費・レセコン・青色申告の判断基準を解説

関連記事: 整骨院開業後の年収は施術形態で300万〜1500万円超|経営スタイル別の実態

この記事は「整骨院の採用戦略|求人・面接・定着の仕組みづくり」の関連記事です。採用・育成に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。