整骨院開業後の平均年収は施術形態と経営スタイルで大きく変わる。保険のみの1人院で300万〜500万円、自費中心なら700万〜1,200万円、複数院展開で1,500万円以上も珍しくないが、開業3年以内の実質所得は公表値より低い。
主要データ
- 柔道整復師就業者数:約6.8万人(厚生労働省 衛生行政報告例 2022年度)
- 施術所数:約5.2万件(厚生労働省 衛生行政報告例 2022年度)
- 柔道整復療養費年間支給額:約3,200億円(e-Stat 国民医療費 2021年度)
- 新規開業後5年以内の廃業率:約30〜40%(帝国データバンク 倒産動向調査 2023年)
開業院長の年収はなぜ外から見えにくいのか
まず押さえたい。整骨院開業後の年収を考えるうえで先に理解しておきたいのは、「公表される平均値」と「実際の手取り」にはかなりの開きがあるという点であり、国税庁の民間給与実態統計や厚生労働省の賃金構造基本統計調査にも整骨院開業者の所得が独立項目として載っていないため、数字だけ追っても現場の実感には届きにくい。
多くの場合、「保健衛生従事者」や「医療・福祉業」に含まれて集計される。医師や看護師と混在する。見えにくさの起点だ。
実態はかなり広い。開業院長の年収は売上だけで決まるわけではなく、経費、給与設計、法人形態が重なって大きく変動するため、年商1,200万円の院でも院長の可処分所得が300万円に届かないことがある一方で、年商800万円でも固定費を抑えて600万円の所得を確保する院もあり、表面の年商だけで水準を判断するのは危うい。
差を生む軸は明快だ。「保険・自費の比率」「雇用形態」「物件コスト」の3つである。ここが分岐点になる。
さらに、開業初期3年は設備投資の減価償却、広告宣伝費の先行投入、レセプト返戻対応への習熟不足が同時に重なりやすく、見かけの売上に対して手元資金が薄くなりやすいため、開業5年目以降の安定期と開業直後を同じ物差しで比べてしまうと、年収構造の読み取りを誤りやすい。そこは注意したい。
施術形態別の年収レンジと構造
年収は形で変わる。整骨院の年収は施術形態ごとにかなりはっきり分かれ、保険施術中心院、自費施術中心院、ハイブリッド型では売上構造も利益率も安定性も違うため、同じ患者数でも最終的に手元へ残る金額は想像以上にずれる。
単純比較では見えない。それぞれの典型値と注意点を確かめたい。
保険施術中心院の年収構造
まず保険中心院。療養費請求が売上の80%以上を占める院では、1人施術体制で年商600万〜1,000万円が現実的なラインになりやすく、療養費の請求単価は部位数や施術頻度でぶれるものの、1患者あたり月間3,000〜5,000円の保険請求が平均的であるため、月間実患者数100人なら保険請求30万〜50万円、年間では360万〜600万円になる。
ここで見落としたくない。家賃、水道光熱費、通信費、広告費、消耗品費を差し引くと経費率は40〜50%程度になり、年商800万円なら経費400万円、残り400万円が院長所得の目安になるが、国民健康保険料、国民年金、所得税、住民税まで含めると、可処分所得は300万円前後まで圧縮されやすい。
中小企業庁「小規模企業白書(2023年版)」では、小規模事業者の営業利益率はサービス業で平均10〜15%程度とされる。保険中心の整骨院も、この水準に収まることが多い。固定費管理が要だ。
経費率50%、利益率15%を確保するには、売上を伸ばすだけでは足りず、固定費の置き方そのものを慎重に設計する必要がある。ここを外すと苦しい。
保険中心院の年収を押し上げる要素は「リピート来院頻度の設計」と「物件コストの抑制」であり、患者単価を上げにくい構造だからこそ、来院回数を週2回から週3回へ引き上げる案内と施術計画が重要になる一方で、家賃が月15万円を超えると利益率は急に悪化しやすいため、駅前物件より住宅地の1階テナントを選ぶかどうかが、そのまま所得差につながる。
自費施術中心院の年収構造
次は自費中心院。自費メニューが売上の70%以上を占める院では、1人施術でも年商1,000万〜1,800万円に達する例は珍しくなく、自費単価が1回5,000〜8,000円、月間患者数60〜80人で月商30万〜50万円、年商1,200万〜1,500万円という形になりやすい。
ただし、売上の見た目ほど楽ではない。経費率は保険中心院より高く55〜65%程度になりやすく、その背景には自費院で求められる内装水準、設備投資、広告費単価の高さがあるため、年商1,500万円でも経費900万円、残り600万円から税金や社会保険料を差し引くと、可処分所得は450万〜500万円に落ち着くことが多い。
見かけほど残らない。そこが自費院の特徴でもある。
自費院の年収を左右するのは「リピート率」と「客単価設計」であり、初回来院から2回目予約への転換率が50%を下回ると広告費の回収が難しくなって赤字に傾きやすい一方で、2回目以降のリピート率が80%を超え、回数券販売によって先払いのキャッシュを確保できれば、キャッシュフロー上の安定感は数値以上に高まる。
ハイブリッド型の年収構造
中間にあるのがハイブリッド型だ。保険と自費を併用する院は、保険で固定客を確保しながら自費で利益率を高める設計がしやすく、保険50%・自費50%のバランスで年商1,200万〜1,600万円、経費率50%前後、院長所得500万〜700万円が典型例として挙げられる。
一見すると安定的だ。だが、運用は決して軽くない。
ハイブリッド型の難しさは「メニュー設計の複雑化」と「レセプト返戻リスク」を同時に抱える点にあり、保険請求時の施術録記載と自費メニューの説明が院内で混ざると審査機関からの返戻率が上がって実質的な保険収入が削られやすいため、保険と自費を明確に分離し、施術録、予約枠、会計フローまで別管理する運用が年収安定の条件になる。
雇用形態と分院展開による年収の変化
ここで視点を変える。1人施術から複数スタッフ雇用、さらに分院展開へ進むと、院長の年収構造は「施術で稼ぐ所得」から「経営で生み出す所得」へ移っていき、同じ売上増でも中身はかなり違ってくる。
見方を変えるだけで印象は変わる。それぞれの年収レンジと判断軸を確認したい。
1人施術院の年収上限
上限は比較的わかりやすい。1人施術の物理的な上限は「施術可能時間×単価×稼働日数」で決まり、1日8時間稼働、1枠30分換算で16枠、実働週5日なら週80枠、月320枠が上限になるため、予約埋まり率80%で月256枠、1枠あたり保険+自費で平均3,000円なら月商76.8万円、年商920万円前後が現実的な上限と見られる。
この上限を超えるには、単価を上げるか、稼働時間を延ばすかしかない。選択肢は多くない。
単価を5,000円に引き上げれば年商1,536万円まで伸びる計算になるが、保険請求では単価上昇に限界があるため自費メニューの導入が前提になりやすく、稼働時間を週6日・1日10時間へ延ばす方法もある一方で、施術者としての体力面や健康面の負担を考えると、年収800万円を超える段階では雇用や分院を検討したほうが持続しやすい。
スタッフ雇用時の年収構造
雇用は転換点になる。柔道整復師を1名雇用すると、給与、社会保険料、労働保険料で月額25万〜35万円のコストが発生し、年間300万〜420万円の固定費増になるが、雇用者が月商40万円以上を生み出せれば、院全体の売上は月120万円(院長80万+雇用者40万)、年商1,440万円まで伸びる。
ただ、導入直後は重い。経費率は雇用なしの50%から60%へ上がりやすく、年商1,440万円、経費864万円、残り576万円が院長所得の目安になるものの、ここから社会保険料と税金を引くと可処分所得は400万〜450万円程度であり、1人施術で年商900万円、所得450万円のケースと比べると、雇用した直後の年収は横ばいか、むしろ少し下がることもある。
雇えばすぐ伸びるわけではない。ここは誤解されやすい。
雇用で年収を伸ばす判断軸は、「院長の稼働枠がすでに埋まっているか」と「雇用者の施術単価が院長の7割以上を維持できるか」にあり、院長の予約が常に満枠でキャンセル待ちまで出ているなら雇用による売上増が固定費増を上回りやすいが、逆に院長の稼働率が70%未満の段階で雇用すると、雇用者の売上が伸びず固定費だけが先に重くなる。
分院展開時の年収構造
分院は別のゲームだ。2院目以降を出すと、院長の年収は「1院目の施術所得」に「2院目の営業利益」が重なる構造になり、2院目に施術者1名を配置し、月商60万円、経費40万円、営業利益20万円を確保できれば、年間240万円の追加所得が見込める。
1院目で年収500万円なら、2院目で740万円に届く計算になる。数字だけ見れば魅力は大きい。
しかし、初期負担は軽くない。分院には物件取得費、内装工事、設備購入で500万〜800万円が必要になり、開業後6〜12か月は赤字が続くこともあるため、損益分岐に達するまでの期間は本院の利益を分院へ回す場面が増え、院長の可処分所得は一時的に下がりやすい。
黒字化までの資金繰りを持てるか。そこが前提条件だ。
分院展開で年収1,500万円以上に届く院長には、「本院が安定黒字」「分院の施術者が独立採算で回せる」「物件選定で初期投資を700万円以下に抑える」という共通点が見られ、本院の月次利益が30万円未満の段階で分院を出すと、資金ショートのリスクが一気に高まる。
開業年数別の年収推移と現実
年数で景色は変わる。開業直後と5年目では、同じ売上でも手元に残る額がかなり違い、年数別の推移を見ておくと、どの時期に何を優先するべきかが見えやすくなる。
時期ごとに悩みは違う。注意すべき経費項目を追っていきたい。
開業1年目の年収
最も厳しい時期だ。開業1年目は設備投資の減価償却費、広告宣伝費の先行投入、レセプト返戻率の高さが重なりやすく、売上に対して利益率がもっとも低くなりがちなため、年商600万円でも減価償却費100万円、広告費120万円、返戻による減収50万円を差し引くと、実質的な利益は200万円程度まで圧縮される。
開業1年目に年収300万円を確保するには、年商800万円以上がひとつの目安になる。だが、前提は甘くない。
この試算は、開業初月から患者数が一定水準で確保できる場合を前提にしており、実際には開業後3〜6か月ほど月商30万〜50万円が続くケースも多いため、初年度の手元資金が300万円未満だと広告費を削らざるを得ず、集患が遅れ、その結果として年収もさらに下がるという悪循環に入りやすい。
開業3年目の年収
3年目は安定化の入口だ。設備の減価償却が進み、リピート患者の固定化で広告費が抑えられ、レセプト返戻率も10%以下に落ち着きやすくなるため、年商800万円なら経費率45%、利益440万円、可処分所得350万〜400万円が現実的なラインとして見えてくる。
厚生労働省「賃金構造基本統計調査(令和4年)」では、医療・福祉業全体の平均年収は約400万〜450万円程度とされる。整骨院開業者も、3年目以降はこの水準に近づく傾向がある。もっとも、この数値には雇用者も含まれており、開業院長の実態とそのまま一致するわけではない。
平均値は目安にすぎない。実務では内訳を見るべきだ。
3年目の年収を左右するのは「リピート患者比率」と「紹介率」であり、新患の80%が広告経由の院と、80%が紹介・口コミ経由の院では、広告費の差だけで年間100万円以上の利益差が生まれるため、3年目までに紹介率30%を超えられるかどうかが、年収500万円を超えるかの分かれ目になりやすい。
開業5年目以降の年収
ここから安定期に入る。開業5年を超えると設備投資の償却が進み、患者基盤が固まり、年収構造も読みやすくなるため、1人施術で年商900万〜1,200万円、経費率40%以下、利益600万〜700万円、可処分所得500万〜600万円が典型例になりやすい。
その先の伸ばし方は限られる。5年目以降の年収向上は「分院展開」「雇用拡大」「自費メニューの拡充」の3択に近づき、1人施術のまま伸ばすなら自費単価を上げる必要があるが、患者層が保険中心の場合は単価上昇が離患リスクを伴うため、分院や雇用へ踏み出すか、それとも1人施術で年収600万円前後を維持するかは、院長のライフスタイルと資金余力で決めることになる。
年収に直結する経費項目の判断軸
問題はここだ。整骨院の年収は売上だけでは決まらず、経費の置き方ひとつで同じ年商でも手元に残る額が大きく変わるため、どの費目が重く、どこに見直し余地があるのかを把握しておくことが欠かせない。
経費は静かに効く。圧迫しやすい項目を整理していく。
物件コストの年収インパクト
最大の固定費だ。家賃は固定費のなかでも比率が大きく、月額家賃15万円なら年間180万円、月額10万円なら年間120万円となり、差額60万円がほぼそのまま年収差になるため、駅前の20坪テナントと住宅地の12坪テナントでは家賃だけで年間100万円以上の差が生じることもある。
家賃の適正水準は「月商の15〜20%以内」が目安になる。ここは基本だ。
月商60万円なら家賃9万〜12万円、月商80万円なら12万〜16万円が上限の目安であり、この比率を超えると利益率が急に悪化して年収300万円台で頭打ちになりやすいため、開業時に家賃を抑えた院と駅近を優先した院では、5年後の累積利益に500万円以上の差が出ても不思議ではない。
広告費の最適配分
広告費は振れ幅が大きい。開業初期に月10万〜20万円を投下し、安定期には月3万〜5万円へ抑えるのが一般的な推移だが、自費中心院ではMEO対策、PPC広告、SNS広告を継続運用し、月10万円前後を維持する院も少なくない。
大事なのは金額そのものより比率だ。広告費の判断軸は「新患1人あたりの獲得コスト(CPA)」と「新患のLTV(生涯売上)」の関係にあり、CPA1万円、LTV10万円なら投資対効果は10倍になる一方で、CPA2万円、LTV3万円なら1.5倍にとどまるため、保険中心院ではLTVが低く広告費の回収に時間がかかるぶん、広告費を月5万円以下に抑えないと年収を圧迫しやすい。
人件費と外注費の境界
見落としやすい差額だ。受付事務や清掃を外注するか、パート雇用するかで年間コストは変わり、受付パートを週3日・1日4時間雇用すると月額6万〜8万円、年間72万〜96万円のコストになるが、外注で月額3万円の受付代行サービスを使えば年間36万円で済むため、その差額36万〜60万円が年収に影響する。
雇用と外注の判断軸は「院の稼働時間」と「業務の複雑度」である。単純比較では決めにくい。
週5日・1日10時間営業なら受付の常駐が必要で雇用が向く一方、週3日・1日6時間営業なら外注で回せる場面もあり、保険請求業務を内製化するかレセプト代行へ外注するかも年収に響くため、代行費用が月額2万〜5万円であっても、内製化した場合の時間コストと返戻リスクまで含めて考えると、外注のほうが実質的な所得に寄与することは珍しくない。
法人化のタイミングと年収への影響
ここも見逃せない。個人事業主のまま運営するか、法人化するかで税負担と可処分所得は変わり、同じ利益でも最終的に残る金額に差が出るため、法人化の判断は年収設計そのものに関わってくる。
早ければ良いわけでもない。判断軸を整理したい。
個人事業主の税負担
まずは個人事業主。個人事業主の場合、所得税、住民税、国民健康保険料、国民年金の合計が所得の30〜40%を占めやすく、所得500万円なら税金・社会保険料で150万〜200万円が差し引かれるため、可処分所得は300万〜350万円になる。
個人事業主のメリットは、「設立コストがゼロ」「決算手続きが簡易」「赤字の繰越が3年間可能」の3点だ。開業初期では扱いやすい。
利益がまだ安定しない段階では、個人事業主のまま運営するほうが手続き負担は軽い。現実的な選択肢である。
法人化による節税効果
利益が増えると見方が変わる。法人化すると、院長の給与を役員報酬として設定し、法人側の利益を圧縮できるため、法人税率は所得800万円以下で15%、所得税の累進課税(最大45%)より低いことから、所得700万円を超えるあたりで法人化の節税効果が意識されやすくなる。
ただし、早すぎる法人化は重い。判断軸は「年間利益600万円以上を安定して確保できるか」にあり、利益600万円未満で法人化すると、法人住民税の均等割(年間7万円)、税理士顧問料(月額2万〜3万円)、社会保険料の増加が節税効果を上回って可処分所得が減りやすい一方で、利益800万円以上なら法人化により年間50万〜100万円の節税余地が出てくる。
法人化後の年収構造
法人化後は構造が変わる。法人化すると、院長の年収は「役員報酬+法人からの配当」という形になり、役員報酬を月額50万円、年600万円に設定し、法人に年間200万円の利益を残せば、配当金として受け取ることで実質的な年収800万円を確保する設計が可能になる。
ただし、注意点もはっきりしている。法人化で重くなりやすいのは社会保険料であり、個人事業主の国民健康保険料は所得比例だが、法人の社会保険料は役員報酬額に連動するため、役員報酬50万円なら社会保険料の事業主負担が月額7万円程度、年間84万円の追加コストになる。
この負担を上回る節税効果があるか。そこを試算してから判断したい。
開業前の計画段階で年収を左右する要素
勝負は開業前から始まる。開業後の年収は準備段階でかなり方向づけられ、物件選定、資金計画、施術メニュー設計の3要素がその後の固定費構造と売上上限を左右するため、開業前の判断が長期収益へ直結する。
開業後に修正できることには限界がある。だから設計が重要だ。
物件選定と年収の関係
差が出やすいのは物件だ。物件選定で「駅近・高家賃」を選ぶか、「住宅地・低家賃」を選ぶかによって、開業後5年間の累積利益が500万円以上変わることがあり、駅前の月額18万円物件と住宅地の月額10万円物件では年間96万円、5年間で480万円の差が生じる。
ただし、駅近が常に有利とは言えない。駅近物件が年収向上に寄与しやすいのは「自費施術中心」「新患の広告依存度が低い」「リピート率70%以上」の3条件がそろう場合であり、保険中心院では駅前の集患効果が限定的な一方で家賃負担が利益を圧迫しやすいため、物件選定は想定する施術形態とターゲット患者層の移動手段を踏まえて決める必要がある。
開業資金の自己資金比率
資金構成も重い。開業資金1,000万円のうち、自己資金300万円・借入700万円で開業した場合、月々の返済額は約12万円(返済期間5年・金利2%)になり、年間返済額144万円が利益から差し引かれるため、年商800万円でも実質的な可処分所得は200万円台まで圧縮されやすい。
自己資金比率50%以上で開業すると、借入額は500万円に抑えられる。月々の返済額は約9万円、年間108万円になる。差額36万円は小さくない。
開業前に自己資金を500万円以上確保できるかどうかは、開業後3年間の年収水準を左右しやすく、日本政策金融公庫「2023年度新規開業実態調査」では開業時の平均資金調達額が約1,077万円、うち自己資金は平均262万円(約24%)とされているため、整骨院を含む医療・福祉分野でも同様の傾向を踏まえると、自己資金比率30%未満では返済負担が重く、可処分所得を圧迫する要因になりやすい。
施術メニュー設計と単価設定
最後は収益設計だ。開業前に「保険のみ」「自費のみ」「保険+自費」のどれを選ぶかで、年収の上限と安定性は大きく変わり、保険のみなら年収の上限は600万円程度にとどまりやすい一方で患者数の変動リスクは比較的低く、自費のみなら年収1,000万円以上も視野に入るが、景気変動や競合参入の影響を受けやすい。
保険+自費のハイブリッド型は、年収700万〜900万円のレンジで安定させやすい。だが、メニュー設計は複雑になり、レセプト管理の負担も増す。安定と負担の交換関係だ。
開業前に「年収の目標額」と「許容できるリスク水準」を明確にしたうえで施術形態を決めることが重要であり、ここが曖昧なまま走り出すと、途中で単価設計も広告方針もぶれやすく、結果として年収の伸びが鈍る。軸は先に決めたい。
年収を安定させるリスク管理の実務
数字は正直だ。整骨院の年収は売上の変動リスクに左右されるため、単に売上を伸ばす発想だけでは足りず、返戻、季節変動、競合参入といった下振れ要因をどこまで管理できるかが、安定した所得を維持できるかどうかを左右する。
派手ではないが重要だ。実務上の判断軸を見ていこう。
療養費返戻リスクの管理
返戻は直撃する。療養費の返戻率が10%を超えると年間収入が50万〜100万円減少しやすく、返戻率を5%以下に抑えるには「施術録の記載精度」と「部位数の適正化」が欠かせないため、負傷原因の記載が曖昧、施術部位が過剰、同一部位の長期請求が続くと、審査機関からの返戻率は上がりやすい。
返戻リスクを下げる実務上のポイントは、「初検時の負傷原因聴取を詳細に記録する」「施術録の記載内容を毎月チェックする」「返戻通知が来たら即日対応する」の3点であり、返戻対応を後回しにすると請求そのものが認められず、年収に直結する損失へつながる。
患者数の季節変動への対応
季節差も無視できない。整骨院の患者数は時期によって変動し、冬季(12月〜2月)は寒さによる筋緊張で来院数が増えやすく、夏季(7月〜8月)は減少しやすい傾向があるため、月商の変動幅が30%以上ある院では年収予測が難しくなり、資金繰りも不安定になりやすい。
対策はある。季節変動を平準化する方法としては「回数券の販売」「定期メンテナンスコースの設定」「法人契約の獲得」が挙げられ、回数券を販売すれば夏季に来院数が落ちても先払い収入で売上を補いやすく、さらに法人契約で社員向けの定期施術を受託できれば、月間売上の20〜30%を固定化しやすくなる。
競合参入と差別化の維持
競争環境も厳しい。整骨院の施術所数は約5.2万件(厚生労働省 衛生行政報告例 2022年度)で、年間約1,000件の新規開業があるため、自院の商圏内に競合が参入すると新患数が20〜30%減少し、年収が100万円以上下がるケースもある。
競合参入による年収減を抑えるには、「リピート患者の固定化」と「紹介率の向上」が有効であり、リピート率80%以上、紹介率30%以上を維持できれば、新患数が減っても既存患者の来院頻度と紹介による新患獲得で売上を補いやすいため、競合対策は広告費を増やすことより、既存患者との関係強化へ資源を振り向けたほうが長期的には安定しやすい。
年収向上のための判断チェックリスト
確認すべき点は絞れる。開業後の年収を高めるために、院長が定期的に見直したい項目を以下にまとめる。
半期ごとに振り返るだけでも違う。習慣化が大切だ。
- 月商が前年同月比で10%以上増加しているか。減少している場合、新患数・リピート率・単価のいずれが原因かを特定する
- 経費率が50%以下に収まっているか。50%を超える場合、家賃・人件費・広告費のいずれが過剰かを確認する
- 療養費の返戻率が5%以下に抑えられているか。超える場合、施術録の記載内容と請求部位数を見直す
- リピート率(2回目来院率)が60%以上を維持できているか。下回る場合、初回施術の説明内容と次回予約トークを改善する
- 紹介率(新患のうち紹介経由の割合)が20%以上あるか。下回る場合、既存患者への声かけと紹介特典の設計を見直す
- 広告費のCPA(新患1人あたり獲得コスト)が新患のLTV(生涯売上)の10分の1以下に収まっているか。超える場合、広告手法を変更する
- 自己資金の残高が月商の3か月分以上を維持できているか。下回る場合、経費削減または借入を検討する
- 法人化による節税効果を試算したか。年間利益600万円を超える場合、税理士に相談して法人化の是非を判断する
現場で語られる年収の本音
本音は二極化しやすい。整骨院業界では「開業すれば年収1,000万円」という話と、「実際は300万円台で苦しい」という話が並んで語られがちだが、どちらも前提条件が違うだけで、片方だけを拾うと現実を見誤りやすい。
年収1,000万円に届く院長には傾向がある。「自費中心」「リピート率80%以上」「分院展開または雇用拡大」の3要素を満たしていることが多い。反対に、年収300万円台で止まりやすい院長は、「保険のみ」「駅前高家賃物件」「広告費過多」のいずれかに当てはまりやすい。
現場でよく聞かれるのは、「年収は施術の腕だけでは決まらず、経営の仕組みで差がつく」という感覚であり、施術技術が高くてもリピート率が低ければ年収は伸びにくい一方で、施術技術が平均的でも紹介率が高く、広告費を抑えられていれば年収は安定しやすいため、開業後の所得を左右するのは施術スキルそのものより、「患者との関係構築」と「経費管理」の2つだと見るほうが実態に近い。
つまり整骨院の年収は、技術職としての力だけでなく、サービス業としての設計力で決まる。結局そこに行き着く。
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この記事は「整骨院開業ガイド|資金・届出・集客の全手順」の関連記事です。開業・独立に関する体系的な知識はこちらのガイドをご覧ください。
