自賠責の既払い額とは、交通事故の損害賠償において、自賠責保険からすでに支払われた金額の合計を指す。示談交渉・後遺障害申請・任意保険の精算の場面で、この金額の管理が整骨院の入金確保に直結する。
主要データ
- 自賠責保険 傷害部分の支払限度額:120万円(国土交通省 自賠責保険・共済ポータルサイト)
- 自賠責保険 後遺障害(第14級)支払限度額:75万円(国土交通省 自賠責保険・共済ポータルサイト)
- 任意自動車保険 対人賠償 支払件数合計:317,836件(損害保険料率算出機構「自動車保険の概況」2025年度版(2024年度統計)第14表)
- 交通事故 負傷者数(令和7年):338,508人(警察庁交通局「令和7年における交通事故の発生状況について」2026年2月26日公表)
既払い額の誤解が整骨院の入金を止める
見落としやすい論点だ。 「まだ120万円の枠があるはずだ」と見込んでいたにもかかわらず、実際には病院への支払いが先行していて残枠がほぼ尽きていたという状況は、交通事故対応を行う整骨院では決して珍しくなく、自賠責の傷害部分の支払限度額は120万円(国土交通省 自賠責保険・共済ポータルサイト「よくあるご質問」(支払限度額))であるものの、この上限は施術費だけに使われるのではなく、「1つの事故で発生した損害全体」に対して適用される仕組みとなっている。
つまり、施術費だけでなく、病院の確認費・検査費・入院費・通院交通費・休業損害・慰謝料までが同じ120万円の枠に収まるため、院側が自院分の請求だけを追っていても、実際の残枠を正確につかめないことがある。
院長が「既払い額」を把握しないまま施術を続けると、請求書を提出した時点で残枠がゼロだった、という事態も起こりうる。そうなると、損保会社への請求は任意保険に切り替わるか、患者の自己負担に移る。どちらに進んでも、回収リスクは重くなる。
自賠責の既払い額とは何を指すのか?
定義を押さえたい。既払い額とは、同一事故・同一被害者に対して自賠責保険からすでに支出された費用の累計額を指し、損保会社の内部では「支払済み金額」として管理されており、示談交渉や後遺障害申請の段階で提示される書類にも明記される。
具体的に既払い額に算入されるのは、次の項目だ。
- 病院・整骨院等への施術費(療養費相当額)
- 通院交通費(バス・電車・タクシー実費)
- 休業損害(事故により収入が減少した分の補償)
- 入通院慰謝料(傷害慰謝料)
後遺障害が認定されると、傷害部分の枠とは別に後遺障害部分の支払限度額が適用される。第14級で75万円、第1級で4,000万円だ(国土交通省 自賠責保険・共済ポータルサイト)。したがって、後遺障害の認定後に支払われる逸失利益や後遺障害慰謝料は、傷害部分の既払い額には含まれない。
混同されやすいのが「既払い額」と「請求済み金額」の違いであり、損保会社に請求書を送った時点ではなく、実際に支払が完了した時点の累計が既払い額になるため、請求中や審査中の金額は既払い額に含まれず、残枠を見積もる際にはこの差を取り違えない確認が求められる。
なぜ整骨院は他院の既払い額まで把握すべきなのか?
理由は単純ではない。整骨院の施術費は「複数施設の合計」の中で上限管理されるため、病院と整骨院を並行して通院しているケースでは病院への支払いが先に積み上がりやすく、整骨院が後から施術録と請求書を提出しても、病院分の既払い額が先にカウントされている結果、想定していたより残枠がかなり少ないことがある。
自院だけを見ていると危うい。損保会社は、傷害部分の120万円に達した時点で自賠責の支払を停止するため、超過分は任意保険(対人賠償)から支払われるか、過失相殺の結果として患者負担になるが、任意保険への切り替えが必要になる場合には、損保会社の担当者への確認だけでなく、患者への説明の準備も先に進めておく必要がある。
既払い額の確認方法として最も確実なのは、損保会社の担当者に直接「現時点での既払い額と傷害部分の残枠」を問い合わせることだ。患者の口頭情報だけに頼るのは危うい。患者自身が他院への支払い状況を把握していないことも多いため、施術録の作成と並行して、担当者と定期的に連絡を取れる体制を整えておくのが現実的である。
示談・後遺障害申請の場面でどう使われるのか?
使われ方を知っておきたい。示談交渉の段階に入ると、損保会社は「既払い額の証明書」を用意して提示し、この書類には事故日から示談日までに自賠責から支払われたすべての費用が列挙されているため、整骨院への支払いも個別の施術費として記載され、自院の請求内容が正しく反映されているかを確認する機会にもなる。
後遺障害申請の文脈では、既払い額は「損害の全体像」を示す根拠資料の一つになる。通院期間・通院日数・施術費の合計が後遺障害等級の認定に間接的に影響する場合があり、その分だけ施術録の精度が問われる。記載が不正確だと、既払い額の証明書上の金額と院の帳簿が一致しないという問題も生じうる。
弁護士特約を使って被害者が弁護士に依頼している案件では、弁護士が既払い額の証明書を取り寄せ、不足分を加害者側の任意保険へ請求する手続きを進めることがあり、その過程で整骨院に問い合わせが入る場合もあるため、施術録と請求書の控えは事故案件ごとに整理しておく必要がある。なお、過失割合や示談金額の具体的な判断は弁護士の領域であり、院長が直接介入すると非弁行為のリスクを伴う。
残枠管理の実務――院内でどう運用するか?
運用設計が分かれ目になる。都内のある接骨院では、交通事故患者ごとに「事故管理シート」を作成し、初診時に損保担当者の名刺をコピーして貼付したうえで、月次で既払い額の残枠を確認する運用を徹底したことで、120万円の枠超過を事前に把握し、任意保険への切り替えを早い段階で進められるようになり、未回収が発生しなくなったという事例がある。
管理上のポイントは3つだ。
- 初診時に損保担当者と連絡先を確認し、自賠責証明書番号を記録する
- 月1回程度、担当者に既払い額の残枠を照会する
- 残枠が施術費の2〜3か月分を下回ったら、任意保険への切り替えまたは患者への説明を準備する
レセコンに交通事故管理機能がある場合は、請求累計額をシステム上で管理できるが、他院分の既払い額はレセコン上では把握できない。ここは変わらない。一次情報として頼るべき相手は、あくまで損保担当者である。
残枠の確認を怠ったまま施術を継続した結果、請求が任意保険側に回って審査が長期化するケースは少なくない。これは単なる回収の問題ではなく、入金の時期が後ろにずれることで院の資金繰りに直接影響するため、残枠が2か月分の施術費を切った段階で動くというルールを院内で明文化し、担当者ごとの判断差を減らしておくことが、実務上の防線として機能する。



