柔道整復師の採用基準は「人柄重視」だけでは機能しない。施術管理者要件・賃金テーブル・評価軸を揃えた構造化された基準が、採用ミスと早期離職を防ぐ。
主要データ
- 就業柔道整復師数:78,666人(厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」、令和6年末現在)
- 柔道整復師の施術所数:50,924か所(厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」、令和6年末現在)
- 施術管理者要件・現行の実務経験期間:3年(厚生労働省 保険局「施術管理者の要件について(周知のご依頼)」、平成30年1月16日事務連絡)
- 第34回柔道整復師国家試験 合格率:71.5%(厚生労働省 第34回柔道整復師国家試験の合格発表について(2026年3月))
採用基準なしで面接を繰り返すと、なぜ院が疲弊するのか?
採用が重い。採用基準を持たないまま面接を繰り返している整骨院では、「感じがよかったから採用した」「前の院でベテランだと聞いたから即決した」といった判断が起こりやすく、その結果として入職した柔整師が3か月以内に離職し、また求人を出すという流れが止まらなくなる。
この反復が続けば、院長の採用コストと時間コストは膨らむ。しかも、それだけでは終わらない。残ったスタッフには教育負担と現場のしわ寄せが集まり、院内の空気まで重くなっていく。疲弊の連鎖だ。
核心は、採用の「感覚依存」にある。面接で受ける印象は、その日のコンディションや話し方の巧拙に左右されやすく、同じ院長が見ても判断がぶれることがあるため、採用基準とは印象の揺れを抑え、選考の再現性を持たせるための仕組みにほかならない。
だから、採用基準の整備は「優秀な人材を引き寄せる」ための華やかな施策というより、ミスマッチ採用を減らすための防御策として捉えたほうが実務ではしっくりくる。ここが出発点である。
現在、就業柔道整復師数は78,666人(厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」(令和6年末現在))、施術所数は50,924か所(同)に達しており、柔整師1人あたりの施術所数を単純計算すると、採用市場は一律に売り手とは言い切れず、エリアによっては候補者を選べる院もあるため、「誰でも採る」ではなく「どんな人を採るか」を院の言葉で定義できているかどうかが、採用の質を分ける。
採用基準を作る前に何を整理すべきか?
先に土台である。採用基準の設計に入る前に、院の現状を3つの軸で棚卸ししておきたい。この前提整理を飛ばしたまま、「人柄・コミュニケーション力・向上心」といった言葉だけを並べても、実際の選考では判断材料として弱く、現場で使われない書類にとどまりやすい。
軸1:院のフェーズと採用目的を明確にする
最初に見るべき点だ。開業から2〜3年の院と、分院展開を視野に入れた院とでは、採用すべき人物像が大きく異なる。前者では院長の施術スタイルに素直になじみやすい人材が重視されやすい一方で、後者では将来的に施術管理者として自走できる人材が求められるため、採用目的が「即戦力補充」なのか「幹部候補育成」なのかを、先に明文化しておかなければ基準は定まらない。
軸2:賃金テーブルと評価制度の現状確認
条件面も外せない。採用基準だけを整えても、提示できる処遇の枠組みが曖昧なままでは候補者に伝わりにくい。賃金テーブルが未整備の院であれば、採用基準を作る前後のタイミングで月給・昇給ルール・手当体系まで一緒に整理したほうが現実的であり、採用基準と処遇設計は別作業ではなく、同時進行で進めたほうが機能しやすい。
順番を誤ると厄介だ。採用基準だけが先走り、活用されない書類になる。よくある失敗である。
軸3:施術管理者要件との整合
制度面の確認も欠かせない。現行制度では、受領委任の施術管理者になるためには実務経験3年以上(厚生労働省 保険局「施術管理者の要件について(周知のご依頼)」(平成30年1月16日事務連絡)、令和6年4月以降の届出)が求められるため、新卒採用では採用時点で施術管理者になれず、その前提を踏まえて新卒と中途で求める要件を分けた採用基準にしておく必要がある。
採用基準の作り方はどのようなステップで進めるべきか?
流れを押さえたい。採用基準の設計は5つのステップで考えると整理しやすい。各ステップは別々に見えても、順番を崩すと後から修正コストが増えやすいため、実務では流れに沿って整えることが大切になる。
Step 1:「必須要件」と「歓迎要件」を分離する
つまずきやすいのはここだ。多くの院では、すべての項目を同じ重みで並べてしまう。「柔整師国家資格を保有していること」は必須要件、「テーピングの実務経験がある」は歓迎要件、「自費施術の提案経験がある」は別の歓迎要件、というように階層を分けておくと、書類選考の段階から判断がかなり整理される。
必須要件を満たさない候補者を書類選考で見分けられる形にしておけば、面接時間を本当に確認すべき候補者へ集中できるため、選考の効率も上がりやすい。実務的な効果は大きい。
必須要件の例:
- 柔道整復師国家資格 取得済み(または取得見込み)
- 雇用契約期間中の勤務地制限なし(分院への異動に対応できること)
- 受領委任取扱いの基本ルールを理解していること(経験者の場合)
歓迎要件の例:
- 交通事故患者対応の経験(同意書取得・レセプト記載を含む)
- 自費メニューの提案・販売経験
- OJTでの後輩指導経験
Step 2:価値観・行動特性の基準を「行動レベル」で記述する
抽象語では弱い。「コミュニケーション力が高い」「向上心がある」といった表現はわかりやすそうに見えるが、面接官ごとに受け取り方が変わるため、選考基準としては使いにくい。たとえば「患者の問診で主訴以外の生活背景を自発的に確認できる」「前職で施術技術の向上のために自費で外部セミナーに参加した経験がある」と書いておけば、確認質問を設計しやすくなり、複数の面接官でも同じ軸で評価しやすくなる。
Step 3:「院に合わない人物像」を明文化する
見落としやすい論点である。採用基準は「採る人の条件」だけでなく、「採ってはいけない人の条件」まで書いておいたほうが現場では機能しやすい。たとえば「前職で療養費の不適切請求に関与した経験がある」「患者に対してプレッシャーをかける施術販売を行っていた」といった項目は、リファレンスチェックや面接での確認事項として基準票に盛り込む価値がある。
離職率が高い院の採用基準を見ると、「採る条件」しか書いていないことが少なくない。片手落ちだ。
Step 4:選考フローごとに評価項目を割り当てる
使い分けが要る。採用基準は、書類選考・一次面接・二次面接・実技確認のすべてで同じように使うものではない。書類選考では必須要件の充足確認、一次面接では価値観と行動特性の確認、二次面接では院長との相性と長期ビジョンのすり合わせ、実技確認では施術の丁寧さと患者への説明力の確認というように役割を分けたほうが現実的であり、全項目を一次面接で回収しようとすると面接が長引き、候補者も面接官も消耗しやすい。
Step 5:採用基準を「評価シート」として型式化する
最後は運用である。基準票は、最終的に面接官がその場で書き込める評価シートの形まで落とし込みたい。各項目を5段階評価、または3段階で数値化し、面接後に院長とスタッフが評価を持ち寄って合議する仕組みを作れば、「感じがよかった」という印象評価を抑えながら、採用判断の根拠を記録として残しやすくなる。
この記録は、労務トラブルの場面で役立つこともある。実務上の意味は小さくない。
施術管理者候補の採用基準には何を盛り込むべきか?
論点は追加要件にある。将来の分院展開や施術管理者の登用を見据えた採用では、通常の採用基準に加えて確認しておきたい項目が出てくる。
施術管理者になるための現行要件は、実務経験3年以上(令和6年4月以降の届出の場合)と所定の研修受講(16時間以上)である。この要件を踏まえると、採用時に実務経験2〜3年目の候補者を採用した場合、入職から1〜2年以内に施術管理者として届出できる計算になるため、幹部候補として迎えるなら、現在の実務経験年数と施術管理者要件充足までのタイムラインを採用基準に組み込んでおく必要がある。
具体的に盛り込む追加要件は以下の通りだ。
項目 | 確認内容 | 確認方法 |
|---|---|---|
実務経験年数 | 受領委任取扱院での通算勤務年数 | 職歴書・前職照会 |
レセプト作成経験 | 自院で月次レセプトを作成・点検した経験の有無 | 面接・実技確認 |
スタッフ指導経験 | 後輩・アルバイトへのOJT実施経験の有無・期間 | 面接 |
経営関与の意欲 | 院の売上・患者数の推移に関心を持って働ける素地 | 二次面接(行動面接法) |
研修受講意欲 | 施術管理者研修(16時間以上)への参加意思 | 面接・確認書の取り付け |
新卒採用と中途採用で採用基準をどう使い分けるべきか?
混同は危うい。新卒採用と中途採用では、見るべき評価軸がかなり違う。同じ採用基準票をそのまま流用している院では、どちらの採用でも判断がぼやけ、結局は中途半端な評価に落ち着きやすい。
新卒採用(柔整師国試合格見込みを含む)で評価すべき主軸は「素直さ・習熟速度・長期定着の見込み」である。第34回柔道整復師国家試験(2026年3月)の合格率は71.5%(厚生労働省 第34回柔道整復師国家試験の合格発表について)であり、毎年一定数の新卒柔整師が市場に出てくるが、新卒は施術管理者要件を満たすまでに実務経験3年を要するため、採用後のOJT設計と定着支援を採用基準と切り離さずに考える必要がある。
一方、中途採用で重く見るべきなのは、「前職の施術スタイルと院の方針の整合性」「レセプト・審査対応の実務能力」「前職離職の経緯と再現リスク」である。前職を短期間で辞めている候補者について、背景を十分に確認しないまま採用した結果、同じパターンが繰り返されたという話は、現場では珍しくない。
教科書と現場のズレ
理論だけでは回らない。採用の教科書では「コンピテンシー評価」「ストレングスファインダーの活用」が推奨されることが多いものの、整骨院経営の実務でそこまで精緻なアセスメント設計を導入している院は一部にとどまり、日々の判断は「この人が患者の前に立ったとき、自院の患者は安心できるか」という感覚的なシミュレーションに寄る場面も少なくない。
だからこそ、複雑なツールを先に入れるより、「行動レベルで記述された基準票」と「評価を複数人で行う仕組み」を整えるほうが、運用面では優先度が高い。先に基礎固めである。
採用基準を整備するときに陥りやすい失敗はどこか?
失敗には型がある。採用基準の整備で繰り返し見られる失敗のうち、特に多いのは以下の3点だ。
失敗1:基準を作って「引き出しにしまう」
作るだけでは機能しない。採用基準を作成したものの、面接の場で評価シートを使わず、最終判断は感覚で行っている院は案外多い。採用基準は作成そのものに意味があるのではなく、選考の各ステップで実際に使われて初めて役に立つため、評価シートを面接前に印刷し、面接後30分以内に記入・合議するところまで採用フローに組み込んでおきたい。
失敗2:採用基準を毎回更新しない
固定化も危ない。院の規模・フェーズ・提供サービスが変わっているのに、採用基準を2年以上見直していない院がある。自費施術の比率が高まった、交通事故患者が増えた、分院展開を始めたといった変化があるなら基準も見直すべきであり、更新のタイミングは事業計画を更新する時期に合わせると運用しやすい。
年1回で十分だ。予算策定の時期に基準票を開き、確認する習慣を作ることが重要になる。
失敗3:採用基準を候補者に開示しない
見せ方も設計対象である。採用基準を「院の内部書類」としてだけ扱い、候補者には「院の雰囲気を見てほしい」としか伝えていない院もあるが、求める行動特性や評価の観点の一部を求人票や面接前の案内に示している院では、応募段階でのミスマッチが減りやすいという傾向が現場では見て取れるため、「開示できる部分」と「内部評価にとどめる部分」を分けて設計すると使いやすい。
採用基準が機能しているかどうかを判断するには?
確認すべき数字は多くない。採用基準を整備した後、それが実際に機能しているかを見る指標は3つに絞って考えると判断しやすい。
- 入職後6か月以内の離職率:採用基準整備前後を比較する。6か月以内の早期離職はミスマッチ採用のシグナルであり、基準の精度を示すバロメーターになる。
- 面接官間の評価の一致度:複数の面接官が同一候補者を評価したとき、評価スコアの乖離が大きい場合は基準の記述が曖昧なサイン。評価シートの記述を行動レベルでさらに具体化する。
- 採用にかかった時間(応募から内定まで):採用基準が機能していれば書類選考の精度が上がり、面接回数の削減と内定までの日数短縮につながる。これが改善されない場合は、必須要件の設定が現実の候補者プールとずれている可能性がある。
離職率が上がっているのに採用基準を変えていない院では、採用基準そのものより、職場環境や評価制度に原因があるのに、それを採用基準のせいにしてしまっている場合がある。問題は採用だけでなく定着にもまたがるため、採用基準の見直しと並行して、OJTの設計・賃金テーブルの透明性・院長とスタッフのコミュニケーション頻度まで確認しておきたい。
最後は実務判断である。「採用が決まらない」状態が3か月以上続いているなら、採用基準の必須要件が候補者の実態とかけ離れているサインかもしれないし、その前に採用基準を持たず「感覚採用」を続けているなら、まずは評価シートを1枚作るところから始めるのが現実的だ。採用基準の整備は、1週間あれば初版を作れる作業にほかならない。



