整骨院の自費メニュー価格設定は「原価計算→市場調査→説明設計」の順で組み立てる。分単価を起点に下限を決め、競合調査で上限を定め、患者への説明で価格の正当性を担保するのが成否を分ける。
主要データ
- 柔道整復の施術所数:50,924か所(厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」、令和6年末現在)
- 就業柔道整復師数:78,666人(厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」、令和6年末現在)
- 柔道整復療養費 総額:2,867億円(厚生労働省 保険局調査課「柔道整復、はり・きゅう、マッサージ、施術用装具に係る療養費の推移(推計)」、令和3年度)
自費メニューの価格を「なんとなく」で決めると何が起きるか?
見落とされがちな出発点である。先生の院でも、「近隣の整骨院が30分3,300円で出しているから、うちも同額でいこう」と決め、そのまま施術を始めたものの、3か月ほど経って振り返ると残ったのは施術者の疲労感ばかりで、数字は思ったほど伸びていなかった、という展開は起こり得る。
これは単なる値付けの失敗ではない。原価計算の欠落が招いた構造的な問題だ。
競合の価格を見ながら決めた料金が、自院の人件費や家賃、光熱費を下回っていることに気づかないまま運営を続けてしまうケースは少なくなく、とくに保険依存から自費移行を進めたい院ほど、この落とし穴にはまりやすい。自費メニューの価格設定は、「いくらなら患者が払うか」だけでなく、「いくらなら院として成立するか」という二つの視点を同時に持たなければ機能しないのである。
柔道整復師法の枠内で受領委任払いの保険施術に加えて自費施術を提供する場合、療養費による収入は施術所数と就業者数の増加に伴う競争激化のなかで逓減傾向にある。厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」(令和7年7月29日公表)によれば、柔道整復の施術所数は令和6年末現在で50,924か所、就業柔道整復師数は78,666人に達しており、1施術所あたりの施術者数が増え続けるなかで、保険収入だけに依存するビジネスモデルの限界は明白となっている。
だからこそ、感覚では足りない。自費メニューの価格設定を経験則だけで済ませず、数字と説明の両方で組み立てる力こそが、これからの院経営を支える軸になるのだ。
なぜ価格だけ引き上げても院の収益は上がらないのか?
誤解の多い点である。価格を上げれば売上も増える、という考え方は一見もっともらしいが、患者単価が一定でリピートも安定している業種ならともかく、整骨院の自費施術では価格と患者継続率が密接に結びついているため、値付けが高すぎれば離脱が増えてLTV(患者1人あたりの生涯売上)は下がり、一方で安すぎれば施術者の負荷だけが増して分単価が崩れていく。
「まず価格を上げ、その後に集客を強化する」という話を聞くことはある。だが、その順序が成り立つのは、患者に対する価値説明がすでに整っている場合に限られる。先に必要なのは、価格改定そのものではない。「なぜその価格なのか」を患者が無理なく理解できる状態をつくることだ。
さらに、見過ごせない論点もある。特定商取引法上の「継続的役務提供」に該当する回数券や定期プランは、契約時の説明義務、クーリングオフ対応、中途解約時の精算ルールまで整えておく必要があるため、価格設定の議論を単に「いくらにするか」で止めてしまうと、契約設計に関する法的リスクまで取りこぼしかねない。
Step 1:分単価から価格の下限をどう計算すべきか?
まず数字だ。自費メニューの価格下限は、分単価の逆算から出発する。以下の手順で算出する。
- 月間固定費の把握:家賃・人件費(院長報酬含む)・光熱費・リース代・システム費等を合算する
- 稼働時間の設定:1日の実施術時間(移動・カルテ記入・消毒等を除く)に月間稼働日数を掛ける
- 目標利益の設定:労働分配率の観点から院長が手元に残すべき金額を決める
- 必要売上の算出:固定費+変動費+目標利益=月間必要売上
- 必要分単価の計算:月間必要売上÷月間実施術分数=1分あたりの必要単価
例として考えてみる。月間固定費が80万円、変動費が10万円、目標利益が30万円であれば、必要月間売上は120万円になる。月間稼働日数を22日、1日あたり実施術時間を6時間(360分)とすると、月間実施術分数は7,920分であり、必要分単価は約151円/分となる。
ここが下限である。この計算が示しているのは、60分メニューなら最低でも9,060円以上の設定が必要だということであり、「近隣が8,000円だから」という理由だけで8,000円に合わせた瞬間に、すでに赤字構造へ入り込んでいることが見えてくる。
実務では、もう一歩慎重でいたい。この計算は保険収入をゼロとみなして行うほうが安全であり、保険収入を前提に自費価格を下げてしまうと、療養費の返戻や減算が生じたときに収支のバランスが一気に崩れるため、下限の算定だけは悲観的に置いておくほうが経営上は安定しやすい。これが現場感覚に近い判断だ。
Step 2:市場価格の上限ラインはどう確認するか?
次は外を見る。下限が決まったら、上限は市場から探る。ここでいう上限とは、患者が競合と比較したときに離脱しやすくなるラインの少し手前にある価格帯を指す。
調査の手順は次の通りだ。
- Googleマップ・Googleビジネスプロフィール(MEO):半径2〜3kmの競合院のメニュー・価格を確認する。ローカルパックに表示されている院は、一定の集客力があると判断できる
- 院のウェブサイト・LP:価格帯だけでなく、施術時間・内容・強調しているベネフィットを記録する
- 口コミ(Googleレビュー・エキテン等):「値段が高い」「コスパが良い」等の記載がどのメニューに集まっているかを分析する
調査後、自院のメニューを競合と並べたとき、以下の3パターンに分類する。
ポジション | 価格帯の目安 | 必要な差別化軸 |
|---|---|---|
価格競争型 | 市場最安値〜中央値 | 立地・アクセス・回転率 |
標準型 | 市場中央値 | スタッフ技術・口コミ数・清潔感 |
高単価型 | 市場最高値〜1.5倍 | 専門特化・指名検索・LTV設計 |
前提を外してはいけない。高単価型を狙うなら、「指名検索が成立している状態」が必要であり、Googleビジネスプロフィールで院名検索が月間一定数発生していない段階で高単価設定だけを先に走らせても、既存患者には説明しきれず、新規患者には比較負けしやすくなるため、離脱が増えて終わる可能性が高い。
Step 3:自費メニューの価格体系をどう設計すべきか?
ここから設計だ。下限と上限が定まったら、次は価格体系を組み立てる。単品価格だけを決めて終えると、LTV最大化の余地を自ら狭めてしまう。
体系設計の基本は「入口価格→継続価格→回数券価格」の3階層だ。
入口価格(初回・体験)
新規患者の来院ハードルを下げるための価格帯だ。通常価格より15〜25%程度低めに設定し、施術の内容と価値を体験してもらうことに集中する。ただし、初回価格を下げすぎると「安いから来た患者」が増え、通常価格への移行率が落ちやすい。都内の複数院で実際に起きた失敗事例でも、初回体験価格を980円にした結果、2回目への移行率が著しく低く、リピート率が伸び悩んだ。
継続価格(単回)
2回目以降の正規価格である。分単価逆算の下限以上、市場上限以内に収める。施術内容の違い、たとえば施術時間・使用機器・担当者の資格などでグレードを分けると、患者が自分で選びやすくなり、押し売り感を出さずにアップセルへつなげやすくなる。
回数券・定期プラン価格
継続して通院する意思のある患者向けの割引設定だ。単回価格の85〜92%程度に設定する院が多い。特定商取引法の継続的役務提供契約に該当する場合は、契約書面の交付義務、クーリングオフ期間の設定、中途解約時の精算ルールを文書化する必要があり、返金ルールが曖昧なまま販売すると消費者契約法上のリスクも生じる。
最後は絞り込みである。価格体系を設計した後は、患者が最も迷わず選べる選択肢がどれかを必ず確認したい。選択肢が多すぎると決定回避が起こりやすく、比較しやすいようでいて実際には何も選ばれなくなるため、メニュー数は3〜5程度に絞り込み、その中で最も勧めたいプランを視覚的に目立たせる構成にするほうが運用しやすい。
Step 4:価格の「正当性」を患者に伝える説明設計
最後に説明である。価格を決めたあと、多くの院が十分に手をかけないのがこの工程だ。患者が「高い」と感じるのは、金額そのものよりも、「なぜその価格なのか」が見えないときである。
説明設計の核心は、価格の根拠をビジュアルと言語で明示することにある。院内掲示、メニュー表、院のウェブサイトなどで、「この施術が他とどう違うのか」を具体的に記載する。
患者への説明例を示す。
- 悪い例:「当院の施術は60分5,500円です」
- 良い例:「この60分コースでは、姿勢評価・徒手施術・セルフケア指導をセットで行います。1回の施術で終わらせるのではなく、3〜5回の継続で症状の改善が期待できるよう組み立てています」
伝え方で印象は変わる。次回予約時のトーク例としては、「今日の施術では○○の状態が確認できました。継続的なケアが改善への近道ですので、次回は2週間以内を目安にご来院いただくと状態を維持しやすくなります」といった言い方が使いやすい。売り込みとして伝えるのではなく、患者の状態から導いた提案として示すことで、継続の納得感が生まれやすくなる。
LINE公式アカウントでリマインドを送る場合も同じ発想でよい。「次回予約のお願い」とだけ送るより、「○○さんの状態に合わせた次のステップ」という文脈で連絡したほうが、患者側の受け取り方は変わる。細かな違いだが、この差は積み重なる。
前提として整えておくべき院内環境と必要ツール
準備が先である。自費メニューの価格設定を機能させるには、院内の環境整備が前提になる。以下を確認する。
カルテ・施術記録の整備
自費施術の施術録は、療養費請求が発生しない場合でも施術録として5年間の保存が求められる(厚生労働省「柔道整復師の施術に係る療養費について(通知)」)。電子カルテやレセコンを導入している院では、保険施術の記録だけで足りると思い込みやすいが、自費施術の記録フォーマットが別途整備されているかを確認しておかないと、後から運用がちぐはぐになりやすい。
オンライン予約・LINEとの連携
導線も重要だ。自費メニューは、患者が「自ら選んで来院する」行動を前提にしているため、予約の取りやすさがそのまま客単価に影響する。オンライン予約システム上で自費メニューを選択できる状態をつくることは、価格設定と同じくらい重要な施策となっている。
Googleビジネスプロフィールの整備
見つからなければ始まらない。自費メニューを整えても、患者が院を見つけられなければ来院にはつながらない。MEO対策として、Googleビジネスプロフィールのカテゴリ・写真・口コミ返信・Q&Aを定期的に更新することがローカルパックへの表示頻度を高める基本動作であり、さらにGA4でウェブサイトへの流入経路を確認し、指名検索と一般検索それぞれの流入数を把握したうえで価格改定のタイミングを判断する必要がある。
プロと初心者で差が出る価格設定の判断ポイント
差はここで開く。教科書的な価格設定では「原価積み上げ法」か「競合比較法」のどちらかが紹介されることが多いが、整骨院経営の実務ではその二つを並べるだけでは足りず、患者の来院目的別に価格帯を変える「目的別プライシング」まで視野に入れられるかどうかで、熟練経営者と初心者の差が表れやすい。
来院目的は大きく3つに分類できる。
- 急性症状の対応(外傷・急性腰痛等):患者の支払い許容度が高く、価格より「すぐ対応できる」という即時性が優先される。このゾーンは高単価設定が通りやすい
- 慢性症状の管理(肩こり・姿勢改善等):継続通院が前提のため、LTVを最大化する回数券設計が適している。単回価格より継続プランの設計に注力する
- 予防・メンテナンス目的:患者の意識が高く、自費への抵抗感が低い層。定期プランに移行しやすいが、競合との比較が発生しやすいため、院固有の専門性・特化領域を前面に出す価格説明が必要になる
一律改定は慎重に考えたい。この3分類を意識せずに「全メニュー一律値上げ」を進めた院では、急性対応の新規患者は定着した一方で、慢性症状のリピーターが離脱するという分かれ方が生じた。価格改定は全体一括で動かすより、メニューカテゴリごとに分けて段階的に実施したほうが、何が反応し、どこで崩れたのかを追いやすい。
現場での価格見直しの判断基準
価格は固定ではない。自費メニューの価格設定は、一度決めたら終わりではない。以下のシグナルが出たら見直しのタイミングだ。
- 労働分配率が65%を超えている:施術者の人件費に対して収益が不足している状態。価格か回転率のどちらかに手を打つ必要がある
- 2回目リピート率が低下傾向にある:初回価格から通常価格への移行率が下がっているサイン。価格よりも初回施術の内容・説明設計に問題がある場合が多い
- 口コミで「価格」への言及が増えている:Googleレビューやエキテンで「値段の割に」という表現が増えたら、価格と提供価値のギャップが生じているサインだ
- 新規患者の予約キャンセル率が上がっている:初回メニューの価格が市場上限を超えた際に起きやすい現象。ウェブサイト・MEOの導線と価格表示の整合を確認する
複数のシグナルが重なったら要注意である。これらが2つ以上同時に出ているなら、価格、メニュー構成、患者説明のいずれかに構造的な問題が潜んでいる可能性が高く、1つのシグナルだけを見て全面改定に走ると、原因が曖昧なまま施策だけが先行しやすい。そのため、まずGA4とオンライン予約の数値で流入から予約、来院、継続までの各ステップを追い、どの段階で離脱しているのかを確認してから動くべきだ。
月次管理が分かれ目になる。「売上が伸び悩んでいる」と感じた時点では、すでに価格体系の見直しが必要な状態に入っていることも多い。その感覚が表面化する前に、月次で分単価・労働分配率・リピート率の3指標を追う仕組みを院内に組み込んでおきたい。継続的な把握こそが、後手を防ぐ。



