自賠責の直接請求と一括対応の違いとは、交通事故の施術費用を「誰から・どのルートで受け取るか」の仕組みの違いであり、整骨院の資金繰りと請求業務の難易度に直接影響する。
主要データ
- 自賠責保険 傷害部分の支払限度額:120万円(国土交通省 自賠責保険・共済ポータルサイト「よくあるご質問」)
- 交通事故 負傷者数(令和7年・2025年):338,508人(警察庁交通局「令和7年における交通事故の発生状況について」(2026年2月26日公表))
- 任意自動車保険 対人賠償責任保険 支払件数合計(2024年度):317,836件(損害保険料率算出機構「自動車保険の概況」2025年度版(2024年度統計)第14表)
「一括対応=自賠責請求」という誤解が現場で損失を生む
誤解は深い。損保会社から「一括対応します」と連絡が入ると、そのまま施術を継続し、月末にレセプトを損保会社へ送る流れが自然に始まるため、多くの院長がこの一連の処理を「自賠責で請求している」と受け止めやすいが、実際には請求先も責任の所在も同じではない。
実態は別にある。一括対応は損保会社、つまり任意保険が自賠責保険の立替払いを引き受ける仕組みであり、院が日々やり取りする相手は自賠責保険の保険会社ではなく損保会社の担当者であるため、この違いを曖昧にしたまま運用すると、一括対応が途中で打ち切られた場面で切替判断が遅れ、結果として未回収が発生しやすくなる。現場で損失を生むのはこのズレだ。
自賠責の直接請求とは何か?
まず押さえたい。自賠責保険の直接請求とは、被害者(患者)側が加害者の自賠責保険会社に対して直接、施術費用等の損害賠償を請求する手続きであり、法律上の根拠は自動車損害賠償保障法第16条に定める「被害者請求」にあるほか、整骨院が患者から施術費用の受領委任を受けて代行する運用も実務では行われている。
ここで見落とせないのが枠の考え方である。傷害部分の支払限度額は120万円(国土交通省 自賠責保険・共済ポータルサイト「よくあるご質問」)であり、この中には施術費だけでなく交通費・休業損害・慰謝料も含まれるため、施術費の回収だけを前提に動くと、後になって患者との認識差が生じやすい。事前説明は欠かせない。なお、支払限度額の条件は改定されることがあるため、最新情報は国土交通省の公式ページで都度確認しておきたい。
直接請求で院側が対応する主な作業は以下の通りだ。
- 患者(被害者)から委任状を取得する
- 施術録・診断書の写し・事故証明書等の書類を揃える
- 自賠責保険会社へ請求書類一式を郵送する
- 支払査定を待つ(審査期間は数週間〜数か月に及ぶ場合もある)
実務は地味だ。書類に不備があれば返戻となり、再提出の手間がそのまま入金の遅れにつながるうえ、健保の柔整審査会ルートとは異なって自賠責の審査基準は保険会社ごとに対応差が見られるため、同じ感覚で処理すると想定外の差し戻しに直面しやすい。ここが実務上の難所となっている。
一括対応はどういう仕組みか?
現場で最も多いのはこちらだ。一括対応とは、加害者側の任意自動車保険会社が自賠責保険会社に代わって施術費の立替払いを行うサービスであり、正式には「任意保険の一括払い」と呼ばれる。任意保険 対人賠償責任保険の支払件数は2024年度に317,836件(損害保険料率算出機構「自動車保険の概況」2025年度版(2024年度統計)第14表)に上っており、実務上は交通事故対応の大半がこのルートで処理されている。
窓口対応は比較的進めやすい。整骨院では、加害者側の損保会社担当者から「一括で対応します。施術費は直接お支払いします」と連絡が入り、その後は院が損保会社との間で費用請求のやり取りを進めることになるため、患者の自己負担は原則ゼロで施術を受けられ、受付での説明も簡潔にまとまりやすい。
ただし前提を外してはならない。損保会社は法的な支払い義務を当然に負う立場ではなく、あくまで任意の立替払いとして対応しているにすぎないため、この点を理解しないまま運用すると、承認が続くことを前提にした予約管理や請求管理になり、打ち切り時の反応が遅れる。油断は禁物だ。
一括対応が打ち切られる主なケースは次の通りだ。
- 損保会社が「施術の継続は医学的に不要」と判断した場合
- 患者の過失割合が高く、対人賠償の対象外と判定された場合
- 示談交渉が長期化し、損保会社が支払いを保留した場合
その後の動きが重要になる。直接請求(自賠責被害者請求)へ切り替えるのか、それとも患者の健保へ切替(健保切替)を行うのかは、打ち切り通知を受けてから考えるのでは遅い場合があり、初回対応の時点で必要書類や説明内容を整えておかなければ未収が積み上がりやすい。準備の差が結果に表れる。
直接請求と一括対応、実務上の判断基準は?
実務では優先順位がある。院として最初から直接請求を選ぶ積極的な理由は大きくなく、一括対応のほうが損保担当者が窓口となる分だけ書類負担が軽く、資金回収のサイクルも比較的安定しやすいため、初動は一括対応を受け入れ、そのうえで打ち切りリスクや案件の性質を見極めながら直接請求へ移行する考え方が現実的である。
もっとも、例外はある。加害者が任意保険に未加入の場合や、10対0の被害者案件で損保会社が介在しない場合には、最初から直接請求を前提に進めるほかない。令和7年(2025年)の負傷者数は338,508人(警察庁交通局「令和7年における交通事故の発生状況について」2026年2月26日公表)に達しており、件数全体の大きさを踏まえれば、こうした例外案件に一定数の院が向き合うのは自然なことでもある。
以下の比較表で整理する。
項目 | 自賠責 直接請求 | 一括対応 |
|---|---|---|
請求先 | 加害者側 自賠責保険会社 | 加害者側 任意保険会社 |
法的根拠 | 自動車損害賠償保障法第16条 | 任意保険会社の約款上のサービス |
書類負担 | 多い(施術録・事故証明・委任状等) | 比較的少ない(明細書・施術証明中心) |
支払いの確実性 | 限度額内であれば支払い義務あり | 損保会社の判断で打ち切り可能 |
傷害支払限度額 | 120万円(国土交通省) | 限度額なし(任意保険の条件による) |
窓口の複雑さ | 自賠責会社と直接交渉が必要 | 担当者が一本化されやすい |
向いているケース | 任意保険未加入・一括打ち切り後 | 一般的な人身事故の初期対応 |
請求が滞ったときに院がやるべきこと
請求停滞時は判断が分かれる。一括対応が打ち切られた後に患者が「もう少し通いたい」と希望する場合、院として取り得る選択肢は三つあり、それぞれ必要書類も説明の仕方も異なるため、感覚で決めるのではなく、残存枠と記録状況を確認したうえで進めることが欠かせない。
- 自賠責直接請求への切替:残存する傷害支払限度額(120万円の未使用分)を確認した上で、自賠責会社に被害者請求の書類を提出する。
- 健保切替:患者の健康保険を使って引き続き受領委任で請求する。ただし同一負傷について健保と自賠責の二重請求は厳禁であり、切替の時期を施術録に明確に記載しておく。
- 自費対応:患者が弁護士特約を使い弁護士に示談交渉を委任している場合、示談解決後に自賠責または任意保険から費用を回収する流れになることもある。
支えるのは記録である。施術録は自賠責請求の根拠書類であり、施術内容・日付・部位の記載に抜けがあると査定で不利になりやすいため、通常の健保レセプト以上に丁寧な管理が求められるうえ、施術録の保存期間は施術が完結した日から5年間と定められている(厚生労働省「柔道整復師の施術に係る療養費について(通知)」)。打ち切り後の照会や再確認に備える意味でも、保存体制は後回しにできない。
今すぐ院として整備すべき体制
準備は早いほどいい。交通事故患者の初回対応時に、「一括対応の確認書」「直接請求への切替同意書」「健保切替の同意書」の3種類を手元に揃えておくことが重要であり、これがないまま運用していると、打ち切り時に患者の同意を改めて取り直す手間が発生し、説明不足や通院中断を招きやすい。
文書管理も欠かせない。また、一括対応の承認書(損保会社からの文書)は受け取った時点でスキャンし、施術録と紐づけて保管しておきたい。担当者変更のあとに「そのような対応はしていない」と認識が食い違う例は現場で起こり得るため、口頭確認だけに頼らず、経緯を追える状態にしておくことが院を守るうえで大きい。
最後は連携体制である。直接請求の経験が院内に乏しい場合は、交通事故に詳しい弁護士や司法書士との連携窓口を先に作っておくと動きやすく、慰謝料や過失割合の具体的な判断は専門家へつなぐ一方で、「請求のフロー管理」と「書類整備」は院長自身が主導できる領域であるため、まずは自院の直近3〜6か月の交通事故患者における一括対応状況を一覧化し、打ち切りリスクのある案件を洗い出すところから始めたい。



