鍼灸師・柔道整復師を雇用する際の保険加入とは、労働保険(労災保険・雇用保険)および社会保険(健康保険・厚生年金保険)への加入義務を指し、雇用形態や労働時間によって加入要件が異なります。

主要データ

  • 就業柔道整復師数:78,666人(厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」、令和6年末現在)
  • 柔道整復の施術所数:50,924か所(厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」、令和6年末現在)
  • はり・きゅう療養費 総額:442億円(厚生労働省 保険局調査課「療養費の推移(推計)」、令和3年度)

「アルバイトなら保険なし」は通用しない

見方を誤りやすい。鍼灸師や柔道整復師をパートや業務委託で採用しているから保険は不要、と考える院長は少なくないが、労働保険の加入義務は雇用形態の名称ではなく「実態」で判断されるため、名目上は業務委託契約であっても、シフト指定・報酬の固定・院の指揮監督下にある実態がそろえば、労働基準監督署は雇用関係と認定する。

発覚時の負担は軽くない。最大2年分の保険料遡及徴収と追徴金が一括で請求される可能性があるため、これは日々の労務管理の範囲にとどまらず、資金繰りや採用計画にも影響する経営上の論点として捉える必要がある。重い話だ。

就業柔道整復師数は78,666人(厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」(令和7年7月29日公表))に達し、施術所数も50,924か所(同出典)となっている一方で、採用競争も強まっているため、保険未加入の院は処遇面で比較されやすく、結果としてスタッフの離職率が高くなる傾向を招きやすい。

鍼灸師・柔道整復師の雇用で加入が必要な保険とは?

ここは整理が必要だ。雇用時に確認すべき保険は、大きく2系統に分かれる。

保険の種類

加入義務が生じる主な条件

保険料の負担

労災保険

1人でも雇用した瞬間に加入義務(翌日から)

全額事業主負担

雇用保険

週所定労働時間20時間以上かつ31日以上の雇用見込み

事業主・労働者で按分

健康保険(協会けんぽ等)

常時5人以上の従業員がいる場合は強制適用(個人院は任意適用も可)

事業主・労働者で折半

厚生年金保険

健康保険と同じ基準で適用。常時5人以上または法人なら強制

事業主・労働者で折半

個人院(個人事業主形態)の場合、常時4人以下のスタッフのみであれば健康保険・厚生年金は任意適用にとどまるが、任意適用であってもスタッフが希望した場合は加入手続きを行う義務が生じるため、採用前にこの前提を押さえていないと、後から想定外の固定費増加に直面しやすい。

さらに見逃せないのが、法人化した瞬間に強制適用へ切り替わる点である。法人成りの前後では社会保険コストの水準が変わる。事前の試算が欠かせない。

なぜ保険加入が採用・育成に直結するのか?

採用現場では差が出る。社会保険完備かどうかは、応募の段階から比較対象になりやすい。

新卒採用の現場では、柔整師国試の合格率が第34回(2026年3月)で71.5%(厚生労働省 第34回柔道整復師国家試験の合格発表について)という水準で推移しており、供給側の母数自体が限られているため、鍼灸師の資格を持つスタッフを含めて就業先の選択肢が多い状況では、整骨院が選ばれるには処遇条件で差をつける必要があり、社会保険が未整備であれば求人票の段階で敬遠されやすい。

影響は採用後にも及ぶ。OJTに時間とコストをかけても、定着しなければ教育投資は回収しにくく、採用活動と育成体制は別々に考えるより、同じ仕組みの中で設計したほうが現実的である。そこが要点だ。

離職率が高い院では、賃金テーブルの低さだけでなく、「将来の保障が見えない」という理由でスタッフが離れる場面が見て取れることがあり、保険加入は福利厚生の入口に過ぎない一方で、評価制度や賃金テーブルの整備と並ぶ土台として機能している。

雇用形態別の加入パターンで落とし穴はどこか?

形態ごとの差が大きい。鍼灸師・柔道整復師の雇用では、主に以下の3つの形態が使われる。

  • 正社員・常勤スタッフ:労災・雇用・健康・厚生年金の全保険が対象。手続きは採用日から5日以内(健康保険・厚生年金)および翌月10日まで(雇用保険)が原則。
  • パート・アルバイト:週20時間未満の場合、雇用保険は対象外。ただし週20時間以上で31日以上雇用見込みなら雇用保険加入義務が発生する。社会保険は、週所定労働時間が正社員の4分の3以上の場合、もしくは従業員51人以上の事業所では週20時間以上・月額賃金8.8万円以上等の要件で加入義務が生じる。
  • 業務委託(自費施術担当等):名目上は加入不要だが、前述の通り実態が雇用契約と判断されるケースがある。施術日程の指定・院内規定の遵守・請求方法の指示など、「使用従属性」があると認定されれば遡及加入を求められる。

特に業務委託を選ぶ院長が陥りやすいのは、「社会保険料の節約」を主目的に設計してしまうことだが、社会保険料コスト削減のために業務委託形態を用いても、労働実態が伴えば違法と判断されるため、コスト最適化の手段として使うのであれば、指揮命令関係を排除した真の委託設計が前提になる。

院内ルールへの拘束が強い状態での業務委託は危うい。調査が入った際に、リスクの高い構造とみなされやすいからである。

手続きの流れと院長がやるべきアクション

順序を外せない。採用決定から保険加入完了までの実務的な流れは以下の通りであり、制度の詳細や保険料率は年度ごとに改定されることがあるため、実際の運用では最新情報を各行政窓口で確認しながら進める必要がある。

  1. 労働保険の成立届(初めて雇用する場合):労働基準監督署に「保険関係成立届」を提出。雇用した翌日から10日以内。
  2. 雇用保険の資格取得届:ハローワークに提出。採用の翌月10日まで。
  3. 健康保険・厚生年金の被保険者資格取得届:年金事務所(または健康保険組合)に提出。採用日から5日以内。
  4. 給与計算への反映:初回給与から保険料控除を適用。レセコンや給与ソフトと連動させて管理する。

院長自身が国家資格保持者であっても、労務管理の実務は社会保険労務士に外注する院が増えており、採用や育成に充てる時間を施術と経営戦略へ振り向けるためにも、手続きの定型業務は専門家に委ねるという判断には十分な合理性がある。

この状態になったら動け

兆候は早めに拾いたい。スタッフから「社会保険はいつ入れますか」と聞かれた段階では、すでに院への不信感が生まれている可能性があり、採用から3か月以上手続きが未完了の場合は、離職リスクが高まっているサインとして受け止めたほうがよい。

また、業務委託スタッフから「シフトを決めてほしい」「院のルールを統一してほしい」という要望が出てきた場合は、使用従属性の認定要件に近づいている可能性があり、その前に雇用契約への切り替えと保険加入の手続きを進めることが、ペナルティを避けるうえで現実的な対処となる。