整骨院スタッフ給与体系の作り方|財務から逆算する5ステップ設計ガイド
整骨院の給与体系は「業界相場に合わせる」ではなく、自院の財務構造から人件費上限を逆算し、評価指標と連動させて設計することが、離職防止と収益確保を両立する唯一の方法だ。
主要データ
- 就業柔道整復師数:78,666人(厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」(令和7年7月29日公表))
- 柔道整復の施術所数:50,924か所(厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」(令和7年7月29日公表))
- 令和3年度 柔道整復療養費 総額:2,867億円(厚生労働省 保険局調査課「柔道整復、はり・きゅう、マッサージ、施術用装具に係る療養費の推移(推計)」)
給与体系づくりで院長が最初に詰まるのはどこか?
出だしで迷いやすい。多くの先生は「他院の給与水準を参考にすれば十分だ」と考えがちだが、この発想は自院の損益分岐点と切り離されやすく、相場に合わせたつもりでも、患者数が増えたわりに利益が残りにくい構造を自ら作ってしまうことがある。
現場でよく見かける失敗は3つある。固定給を高めに設定したまま自費移行を進めた結果、労働分配率が60%を超えてしまうケースであり、歩合率を設けても評価軸が曖昧なためにスタッフ間の不公平感が強まり、さらに給与テーブルを作成しても運用ルールを定めないまま、昇給判断が属人的な「院長の気分」に左右されてしまう場合も少なくない。
焦点は収益構造にある。整骨院の給与体系設計が難しいのは、保険収入と自費収入で利益の出方が大きく異なり、保険施術中心の院と自費移行が進んだ院とでは、同じ売上規模でも適切な人件費の絶対額が変わるためだ。だからこそ、業界相場は参考情報にとどめ、自院の財務数値を起点に考える必要がある。
給与体系を作る前に整理すべき前提条件とは?
前提整理が先だ。設計に入る前に、少なくとも3つの数値を把握しておく必要があり、これらが揃わないまま給与テーブルを作ると、制度の見直しが後追いになって運用負荷が増すだけでなく、現場から見た納得感も薄れやすい。
前提条件①:労働分配率の目標値を決める
まず置くべきは基準である。労働分配率とは、粗利益(売上から変動費を除いた金額)に対する人件費の比率を指し、整骨院では保険収入中心の院なら人件費が粗利の50〜55%程度に収まると経営が安定しやすい一方で、自費比率が高い院では材料費や設備費が増えるため、この比率はやや低めに設定したほうが現実に合いやすい。院長自身の報酬も人件費に含めて計算する必要がある。ここは見落としやすい。
前提条件②:雇用形態ごとに時間単価を把握する
次に見るのは時間単価だ。柔整師の常勤スタッフ、パート施術者、事務スタッフでは適切な時間単価の水準が異なり、施術者の場合は分単価(1分あたりの施術報酬)が収益に直結するため、スタッフ1人あたりの1日平均施術時間まで把握しておきたい。施術に入れる時間と、事務・清掃・受付対応に使われる時間の比率を正確に計測すると、採用計画と配置計画の精度が上がってくる。
前提条件③:採用市場の実態を確認する
市場環境の確認も欠かせない。令和6年末現在の就業柔道整復師数は78,666人(厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」(令和7年7月29日公表))であり、施術所数は50,924か所(同)にのぼるため、施術者の絶対数に対して施術所の数が多い構造が見て取れるうえ、都市部を中心に採用競争が厳しい状況が続いている以上、この実態を無視して給与水準を低く設定すると、採用できても定着しにくい。
給与体系の全体像:どういう5ステップで設計するのか?
流れを先に押さえたい。設計は以下の5ステップで進めるのが基本であり、それぞれの順番には理由があるため、途中の工程を飛ばすと、後から評価制度や賃金規程に矛盾が生じやすい。順番には意味がある。
ステップ | 作業内容 | アウトプット |
|---|---|---|
Step 1 | 財務数値から人件費予算を逆算する | スタッフ人件費の上限総額 |
Step 2 | 固定給のグレードテーブルを作る | 職位×経験年数ごとの基本給テーブル |
Step 3 | 変動報酬(歩合・賞与)の設計をする | 歩合率・賞与支給ルール |
Step 4 | 評価指標と昇給ルールを紐づける | 人事評価シート・昇給基準表 |
Step 5 | 就業規則・賃金規程に落とし込む | 書面による制度の明文化 |
財務数値から人件費予算を逆算するにはどうすればよいか?
起点は数字である。給与テーブルは「いくら払いたいか」からではなく、「いくらまでなら経営が成立するか」から組み立てるべきであり、この順番を逆にすると、給与設計が感覚や場当たり的な判断に引っ張られ、制度全体の整合性が崩れやすくなる。
計算手順は比較的明快だ。まず月次の売上見込みから変動費(消耗品、施術材料費等)を差し引いて粗利益を算出し、次に目標とする労働分配率(例:55%)を掛けた金額を院長報酬を含む人件費総額の上限として置き、そのうえで院長報酬を差し引いた残額を、スタッフへ配分できる人件費予算として考える。
見落としはここで起きる。たとえば月次売上が一定水準にある院でも、労働分配率の目標を置いて逆算すると、常勤スタッフ2名分の給与に充てられる予算がかなり限られるケースは珍しくなく、先に採用人数を決めてから後で給与を当てはめようとすると、この制約に気づかないまま制度設計が進みやすい。
さらに実務では、どの売上を前提に置くかが重要になる。この計算は「現在の売上」ではなく「採用後3か月〜6か月の売上見込み」で行うべきであり、新人スタッフが即戦力になるまでの時間差を織り込まないと、試用期間中に資金繰りが圧迫される可能性が高まるため、見込みの置き方そのものに慎重さが求められる。
固定給グレードテーブルの作り方
設計の軸は2つだ。固定給は「職位(役割)」と「経験年数(スキル)」の2軸で組むと分かりやすく、現場で説明しやすいだけでなく、運用負荷を抑えながら制度への納得感を高めやすい。複雑にしすぎないことが大切になる。
職位の定義
職位は絞ってよい。3〜4段階に整理するのが現実的で、たとえば「スタッフ→リーダー→チーフ→副院長」のような構造が考えられるが、各職位に期待する役割や業務範囲を明文化しておかないと昇格基準が曖昧になり、「施術本数をこなせる」だけで評価が決まる運用に流れやすい。後輩指導、患者対応の質、自費提案スキルなど、職位ごとに期待する行動を具体化しておきたい。
経験年数スライドの設計
次に設計するのは年次の伸びである。入職後1年目・2年目・3年目で自動的に基本給がスライドする「定期昇給バンド」を設けると、スタッフは在籍継続のメリットを数値で理解しやすくなる一方で、自動昇給幅を大きくしすぎると人件費が膨らみ、制度の持続性が損なわれるため、年間昇給額は各バンドで月額数千円程度に抑え、評価連動の昇給と組み合わせる設計が現実的となる。
基本給テーブルの例示構造
職位 | 1年目 | 2年目 | 3年目以降 |
|---|---|---|---|
スタッフ | 基準額A | 基準額A+α | 基準額A+2α |
リーダー | 基準額B | 基準額B+α | 基準額B+2α |
チーフ | 基準額C | 基準額C+α | 基準額C+2α |
最後に必要なのは予算との整合である。具体的な金額はStep 1で逆算した予算上限の範囲内に収める必要があり、テーブルを先に作ってから後で予算を合わせにいくやり方では、長く運用できる制度になりにくい。ここは崩せない。
変動報酬(歩合・賞与)はどう設計すればよいか?
考えるべき論点は支給対象だ。歩合設計は「何に対して払うか」を最初に定めないと機能しにくく、制度だけを用意してもスタッフの行動が分散し、院として促したい成果と報酬が結びつかなくなる。設計の芯はここにある。
歩合の対象指標を絞る
整骨院でよく使われる歩合の指標は以下の3つだ。
- 施術売上歩合:担当した施術の売上に対して一定率を支給する。自費売上が高いスタッフほど報酬が増える設計で、自費移行を推進したい院に向いている
- 新患紹介歩合:口コミ・紹介で来院した新患数に対して一定額を支給する。リピート率が高く患者満足度の高いスタッフが報われる
- リピート率歩合:2回目以降の来院率が目標値を超えた月に追加報酬を支給する。継続率を重視する院に向いている
指標は増やしすぎないほうがよい。3つ以上を同時に設定すると、スタッフが何に集中すべきか分かりにくくなり、評価に対する納得感も薄れやすいため、最初は1〜2指標に絞って運用を安定させ、その後に必要なものを追加する流れのほうが定着しやすい。
賞与のルール化
賞与は曖昧にしない。たとえば「業績が良ければ賞与を出す」という運用では、スタッフが支給額を予測できず生活設計を立てにくいため、制度への信頼が揺らぎやすく、結果として評価制度全体への不信にもつながりかねない。賞与は「院全体の月次売上が目標の〇%を超えた場合、基本給の〇か月分を上限に支給」という形で、支給条件と計算方法を就業規則に明記しておくのが原則となる。
評価サイクルをどう回せば給与体系が機能し続けるか?
制度は運用で決まる。給与体系は作成した時点で価値が完成するわけではなく、評価と昇給のルールが現場で継続的に使われてはじめて機能するものであり、どれほど整ったテーブルでも、回し方が曖昧なら形だけの制度になっていく。
評価頻度と面談の設計
頻度設計は実務に直結する。評価は半期(6か月)に1回を基本とし、3か月に1回の中間フィードバック面談を組み合わせる形が現実的であり、年に1回だけではスタッフが「何をすれば評価されるか」を長期間つかめないまま働くことになるため、行動修正の機会も失われやすい。中間面談では評価点数を伝えず、「現時点での行動観察フィードバック」に限定すると、混乱を抑えやすい。
昇給・降給の判断基準の明文化
基準は書面で残す。昇給の条件は「評価点が〇点以上かつ目標達成率〇%以上」のように複数条件のAND設定にすると運用しやすい一方で、降給については労働基準法上の制約があるため、就業規則に降給条件を明記したうえで社会保険労務士の確認を取ることが望ましい。運用を誤ると未払い賃金の問題に発展するリスクがある。
評価シートのKPI例
評価カテゴリ | 具体的指標 | 重み |
|---|---|---|
施術スキル | 患者満足度・院長評価 | 30% |
数値目標 | リピート率・自費提案率 | 30% |
チーム貢献 | 後輩指導・申し送り精度 | 20% |
行動姿勢 | 遅刻・欠勤・報連相の質 | 20% |
自費移行が進む院では歩合設計をどう変えるべきか?
ここでは発想の切り替えが必要になる。保険施術中心から自費移行を進める段階では、給与体系もそれに連動して組み直す必要があり、「自費売上に対して歩合率を設定する」だけでは不十分で、スタッフが自費提案に消極的になる心理的な壁まで見越して報酬設計を組まなければ、制度が存在しても行動変化にはつながりにくい。
自費提案を促す報酬設計の3原則
- 提案件数にも報酬を紐づける:成約した自費施術だけでなく、「自費メニューを提案した件数」にも一定のポイントを与える。成約率が低い段階でも行動が報われる設計にすることで、提案行動が習慣化する
- 回数券販売に追加インセンティブを設ける:回数券はLTV(患者1人あたりの生涯売上)向上に直結する。回数券成約件数を歩合指標に加えることで、スタッフが長期通院を患者に説明するモチベーションが上がる
- 保険施術の歩合率は下げすぎない:自費歩合を高めるあまり保険施術の評価を下げると、スタッフが保険患者への対応を疎かにするリスクがある。保険施術と自費施術の歩合率の差は、施術単価の差に応じて緩やかに設計する
給与体系作りでよくある失敗と対処法
失敗①:給与テーブルを口約束で運用している
口頭だけでは危うい。「前に話した通りで」という前提の給与運用は、スタッフの記憶と院長の認識がずれた時点でトラブルの火種になりやすく、紛争リスクも高まるため、給与規程は書面化し、労働条件通知書と合わせてスタッフに交付しておきたい。常時10人以上のスタッフを雇用する場合は、就業規則の作成・届出が義務になる点も押さえておく必要がある。
失敗②:社会保険料の増加を計算に入れていない
固定費の見落としは重い。基本給を引き上げると、社会保険料の事業主負担も連動して増加するため、給与設計の段階で社会保険料の事業主負担分(給与の約15%程度)を人件費予算に含めておかないと、想定外のコスト増が発生しやすい。Step 1の逆算では、法定福利費込みの総人件費で計算することが欠かせない。
失敗③:全員一律の昇給で優秀なスタッフが辞める
横並びの設計にも弱点がある。毎年一律に昇給する仕組みは、短期的には不満が表面化しにくい一方で、パフォーマンスの高いスタッフを引き留める力が弱くなりやすく、柔整師の採用市場は競争が激しいため、外部から好条件のオファーが来た場合に対抗しづらくなる。評価連動の差別化昇給(例:評価S評定のスタッフはA評定の2倍の昇給幅)を組み込んでおくことが、定着率の維持に直結する。
失敗④:歩合上限を設けていないため人件費が跳ね上がる
上限管理も欠かせない。自費売上が急増した月に歩合上限がないと、院長の想定を超えた人件費が発生しやすく、利益計画が一気に崩れることがあるため、歩合報酬には「月額上限〇万円」または「基本給の〇%以内」という上限設計を入れておき、上限を設ける場合は就業規則に明記しておきたい。後からの変更は容易ではない。
法令遵守の注意点:給与体系設計で見落としやすいリスクは?
最低賃金との整合を毎年確認する
法令面の確認は毎年必要になる。都道府県別最低賃金は毎年10月前後に改定されるため、歩合制や固定給が低い構成の場合、実際に支払う時間あたり賃金が最低賃金を下回っていないかを改定後に確認しなければならず、特に歩合比率が高い設計では、施術が少ない月に実質時給が最低賃金を割り込むリスクがある。
固定残業代(みなし残業)の設計リスク
固定残業代の扱いは慎重に進めたい。固定残業代(例:「みなし残業30時間分含む」)を採用する場合、実際の残業時間がみなし時間を超えた分は別途支払い義務が生じるため、見栄えのよい給与提示を優先して導入すると、運用段階で未払い残業代の問題に直結しやすい。この設計を採用するなら、労働時間管理の仕組みとセットで整え、社会保険労務士に設計を依頼することが望ましい。
試用期間中の給与設定ルール
試用期間も例外ではない。試用期間中の給与を本採用より低く設定すること自体は違法ではないが、就業規則・労働条件通知書に明記し、かつ最低賃金を下回らないことが前提となるうえ、試用期間の延長は原則として就業規則に定めた期間内に限られるため、無制限の延長運用はリスクが高い。ここも明文化が要る。
次にやるべきこと:給与体系設計の最初の一歩
最初に見るべきものは明確だ。まず今月の損益計算書を開き、人件費総額と粗利益を確認するところから始めるべきであり、労働分配率が現在どの水準にあるかを把握しないまま給与体系を設計しても、実行段階で現実とのずれが大きくなりやすい。出発点は数字になる。
次に、労働分配率を把握したらStep 1の逆算計算を1枚のスプレッドシートで行い、「スタッフ〇名を雇用した場合の人件費総額」が予算上限に収まるかどうかを確認する。もし収まらないなら、給与だけを調整するのではなく、採用計画か院の売上目標を先に見直す判断が必要になる。
最後に大切なのは制度の定着である。給与規程の書面化には社会保険労務士のサポートが現実的であり、整骨院の経営実務に詳しい社労士を選ぶことが制度設計の精度を高める近道となるだけでなく、整えた後に既存スタッフへの説明面談を丁寧に行い、新しい給与体系へ移行する理由を誠実に伝えることで、現場の受け止め方も大きく変わってくる。



